小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

親はびびっちゃいけないの?

※注 
 これは原発事故に対して、わたしのようなアホほどビビりでチキンな、あいや、繊細な「親」のお話です。ご自身で正しいと思われる情報に基づいて、本当に心から何も心配ないと考えていらっしゃる、うちの母のような親御さんにとっては、こんな記事は馬鹿馬鹿しいだけかと思いますので、読んでいただくに及びません。ホントです。

            ※ ※ ※

 二日前に書いた被爆児童差別のニュースについて、「親(大人)がしっかりすべき」という反応がいくつかあった。
 親が心を強く持ってしっかりとした態度を子供に示していれば、子供が怯えたり、理不尽ないじめに走ったりすることにはならない、というような主旨の意見だったように思う。他にも、似たようなツイートをいくつか見かけた。その方たちの背景は分からないが、いずれも「親」の立場から発せられているような気がしてならない。
 親って、そんなにしっかりしていなくちゃいけないものなのだろうか。だとしたら、わたしは親になっていなくて正解だった。

 わたしはこの件については、
「親だって怯えたりパニクったりしてよい。むしろその恐怖心に素直に従って、子供を抱えて逃げるのが、正しい選択ではないか」
 という意見を持っている。
 これは、親になったことのない気楽な独身者の、無責任な考えだろうか。たぶんそうなのだろう。

 わたしの母はまったく動じない人で、東京で放射能の数値が上がった時でさえ、政府の発表を信じて「大人だから大丈夫」と水道水を飲んでいた。そのことをツイートすると「母は強し」「お母さん素敵」「母偉い」と、母を賞賛する意見が寄せられたが、わたしは実のところ、呆気にとられていたのだ。こんなリスク回避能力の低い親のもとで、よくまあここまで無事に大きくなれたものだと。
 わたしは誰になんと言われようと、放射能が怖い。成長期もお肌の曲がり角もだいぶ前に過ぎた中年だが、怖い。だから飲料や料理にはミネラルウォーターを使っている。とちおとめもしっかり洗って食べる。洗濯物もベランダには干していない。その一方で、雨にずぶ濡れになったあとそのまま何時間も酒盛りをしてしまう(今年の花見)のだからいい加減なものだが、とにかく普段は神経質過ぎるほど気を使っている。
 そんなわたしのことを知りながら、母は水道水で作った料理を出す。お茶も水道水でいれようとする。一度だけ「それはいやだ」と言ったが、喧嘩をしたくないので以降は黙っている。週に一、二度母のところで食事をするが、今は何も聞かずに食べている。
 数年後、数十年後にもし悪い病気にかかったとしたら、わたしはこのときのことを思い出さずにいられるだろうか。そして、母のことを恨まずにいられるだろうか。
 まったくのところ、自信がない。

 だからわたしは今回のことに関して言えば、親は怯えて恐怖してバカみたいにびびって、人に笑われようが蔑まれようが仕事を失おうが借金背負おうが、どんなしがらみも世間体も振りきって、心のままに一目散にどこかへ飛んで逃げるのが、本当に勇気ある親としての、子供に尊敬され感謝される正しい行動だと思ったりもしているのだ。
 しかし、実際の親たちはそうは思っていない。恐怖しながらそれをひた隠し、子供には「全然問題ない。安心して大丈夫」と言って安心させ、いつも通りに平然としていることが、親としての正しい態度だと言う。

 あれ、これって……今の日本政府と国民の関係みたいじゃない? うむむ!?

 正直、正解などわからない。
 こんなことを書きながら、今わたしは東京で、泣いたり笑ったり酔っ払ったりしながら、一見以前と変わらぬ生活を送っている。腰が据わっているのか抜けているのか、わからない。
 親にならないと本当の「人」にはなれないと、母がよく言っていたけれど、本当にそうなのかもしれないな。
[PR]
by etsu_okabe | 2011-04-18 02:27 | 日々のこと/エッセー