小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

可能性の消失

 仙波眞弓さんの記事の中にあった一節、
<生きるということは、可能性を絶え間なく捨てていることでもある。>
 にTB。

 高校を卒業して進路を考えたとき、つい数年前にはどれもこれも簡単に叶うと信じていた「夢」の数々の、その殆どが全く手の届かないところにあると分かって愕然とした。
 その頃からわたしは、
「成長とは、可能性の消失に気づく旅」
 と考えるようになった。

 十年来の友人に、今まで一度もまともに働いたことのない女性がいる。エキセントリックな風貌と言動が魅力的だった彼女も、もう30歳を越えた。
 20代の頃は、たまにアルバイトを決めてきては数日で辞めた。
「あんなお店のためにわたしは生きてるんじゃないって、そう思ったの!」
 胸を張って言う彼女に、
「そうだよ。あなたはお店のために生きてるんじゃない。あなたが生きるためにお店で働くんでしょ」
 そう諭しても、聞く耳を持たない。やりたいことしかやりたくないと言う。では何がしたいのかと聞くと、歌手だ女優だと言う。ならその道に進むために何をしているのかと問うと、これからするつもりだと言う。そしていつまで経っても、何もしない。
 しばらくすると、入社試験の当日に必ず具合が悪くなるようになった。占い師の指示で不吉な方角だったからやめた、というのもある。働きたくないのではなく、他に理由があって働けないのだ、というのが彼女の言い分だった。
 そのうち、彼女は精神科に通うようになった。医者は患者が不調を訴えれば、何かしら対処はするものなのだろう。「病名はこれといってない」と言いながら、薬はどっさり処方する。それは彼女の、働かないための都合のいい理由になった。
 今、彼女は生活保護を受けて生活している。月額13万円ももらえるので、たまにはわたしと飲みにいくこともできる(銭金の貧乏さんよりよっぽど羽振りがいい)。
 精神科通いはやめていない。未だに「特に病名はない」状態だが、本人は「多分ノイローゼ。最近は統合失調症の気もある」と言っている。薬が弱くて不眠が辛いと嘆く彼女がわたしの平均睡眠時間(4〜5時間)を聞いて絶句した。わたしの方が寝ていないらしい。笑えない話だ。医者はどんな診察をしているのだろう。
 最近は、自分が社会生活をまともにできないのは幼い頃両親が離婚したせいだと言うようになった。母親に中絶経験があることも原因だと、どこぞの宗教家に言われて信じている。
「本当は働きたい」
 というので、何をしたいのかと聞くと、歌手、女優、タレント、モデル、大金持ちの妻、と、次々に列挙し始めた。わたしをおちょくっているのではない。芸能界にいる母親と、広告業界にいる父親の力があれば、本当に今でもどの職業(金持ちの妻は除く)にも就けると思っているのだ。何ひとつ、勉強したことも経験したこともないのに。
 このままではいつか本物の病気になるかもしれないが、今のところ彼女の精神はいたってまともだ。問題はただひとつ、この十年殆ど成長することができず、自分の可能性の消失に、全く気づけていないということだ。

 彼女を見ていて、可能性の消失を認めることは、決して寂しいことではないと思うようになった。
 失った可能性は、残る可能性のために自然に間引かれていっただけだ。自分の身の丈に合った本物の可能性は、成長とともにむしろぐんぐん根を張り枝を延ばしている。それは、他の可能性の犠牲のおかげなのではないか。いつまでも全ての可能性を手放せないでいると、本物の可能性まで立ち枯れてしまうのではないか。

 彼女は今夜も、持ちきれないたくさんの夢を必死に抱えたまま、睡眠薬で眠りについているのだろう。抱えた腕の中が空っぽだということに気づいたとき、彼女はどうなってしまうだろうか。
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by etsu_okabe | 2004-11-25 01:46 | 日々のこと/エッセー