小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

差別意識は悪か?

 昨年末、いつも拝読している仙波さんのブログに「もし5人集まれば・・」という面白い記事が載った。様々な国の民族性をユーモラスに表現した、よくあるジョークだ。
 これに対して「レイシズム(人種差別)ではないか」というコメントがついた。こういった偏見に苦しむ人がたくさんいる、という意見だった。

 15年くらい前、母と妹と3人でハワイへ行ったとき、白人しか泳いでいないプールを見て、<もしわたしたちがプールに入った途端、この人たちが一斉に出て行ったら......>と想像して怖くなったことがある。多くの白人がアジア人に偏見を持っているだろうという、わたしの偏見が生んだ被差別意識だ。
 結果は誰もプールを出て行かなかったのだが、もし誰かが出て行ったとしても、わたしは被差別体験をしたことにはならない。プールの端に「日本人は立入り禁止」と看板が立って初めて、わたしは被差別者となる。

 わたしが言いたいのは、差別「意識」と差別「行為」は全く違うということだ。
 もちろん、差別意識があってこそ差別行為が生まれるわけだから、差別意識を「悪」としたくなる気持ちも分かる。
 しかし、わたしには差別意識を「悪」とすることに、どうしても抵抗がある。ちと大袈裟に言うと、差別意識にはそれまで積み重ねて来た歴史が作ってしまったどうしようもない理由があり、これを問い始めたらヒトの起源にまで遡らなければならないのではないかという、何かの根源に触れるようなおそれすら感じてしまうのだ。
<人は他者を差別する生き物。しかし人はまた、それとは別の目で他者を見る能力も持っている。その能力が「人にとって差別行為は無益だ」と判断させてきた>というような考え方の方が、わたしにはしっくりいく。

 今回トラックバックさせて頂いた仙波さんのアンサー記事は、わたしが上記で「それまで積み重ねて来た歴史が作ってしまったどうしようもない理由があり」などと稚拙な表現しかできなかった部分を含め、差別意識に対する考えを、とても明解に分かりやすく書いていらっしゃる。
「差別」というトピックには、誰でも一家言お持ちのことだろう。ぜひご一読を。
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差別について、思うこと。
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by etsu_okabe | 2005-01-04 15:34 | 日々のこと/エッセー