小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

「3月11日」から受け取った荷物

 田口ランディさんの『サンカーラ』を読み始める。

 2011年3月11日、その日わたしは日本にいなかった。激しい揺れも、停電も、交通機関や電話回線の混乱も、なにも体験せず、海を隔てた場所から、テレビで津波や原発の映像を震えながら見ていた。
 だからわたしの震災体験は、二日後に薄暗い東京に戻ってきたあと、水の調達に苦労したり、元々持っているプチパニック症(自己診断・笑)が出て一人で電車に乗れなくなったりした、その程度のものだ。計画停電も、武蔵野市は結局一度も施行されなかった。
 その頃わたしは人に会うたび、あの日あの瞬間に何をしていたか、どんな体験をしたかを聞きまくっていた。なにかのためにリサーチをしていたわけではない。ただ、少しでもあのときのことを知りたかった。いや、あのとき人がなにを体験したのかを知りたかった。訊ねた人は皆、いやがらずに詳しく答えてくれた。
 あるとき、どこへ行っても熱っぽくそんな質問をしているのは自分だけだということに気がついた。そしてなんとなく感じていたことを、そこではっきりと自覚した。まことに愚かで滑稽なことに、わたしは”共感”への不足感を、そうして穴埋めしようとしていたのだ。
 以来、必要でないかぎり質問はやめている。そしてわたしはいまだに埋まらない穴を抱え、自分のそうした境遇になにかしらの意味を与えようとしては、その馬鹿馬鹿しさに自嘲し、でも気にせずにはおれず、いつまでも穴の周りをあてもなく歩き回っている。

 あの大地震は東北に、日本に、世界に、甚大な被害をもたらした大災害だが、同時に世界中の個々人に、それぞれの感受性に任せた荷物を残していったように思う。
 そんな思いがどっと押し寄せてきた『サンカーラ』の冒頭。お茶を淹れなおして、読み進めるところ。
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by etsu_okabe | 2012-11-15 12:39 | 日々のこと/エッセー