小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

幸せだった世捨て人。忌野清志郎・25歳。

 a0013420_1533898.gif今週の「R25」のロングインタビューは、忌野清志郎。
 25歳のとき、あの名盤「シングルマン」を出すも、すぐ廃盤に。最高傑作と自負していた作品を世の中に評価してもらえなかった不遇の当時を「世捨て人状態だった。でもすごく幸せな時期だった」と清志郎は言う。

 好きなことを信じてやり続けていくのは最高に幸せなことだけれど、それが周りに認めてもらえないのは最低に苦しいことだ。同じ道を行く仲間といれば「なにくそ」と一緒に唾も吐けるが、一人になると叫び出したくなるほど不安と焦燥に襲われる。
 わたしも、これまでの人生で最も「焦っていた」のは25、6歳の頃だった。ひとつの夢を諦めて、次の目的を模索し始めた時期だ。とにかく何でもいいから自分を表現していなければ、不安で不安で仕方なかった。
 そんな息苦しい日々は、確かに冴えないけれど幸せだったと思う。誰に褒めてもらえなくても一握りの砂粒くらいは自分を信じられたし、その砂粒で何かを燃やすことができた。1分1秒を惜しみながら生きる毎日は、ギラギラと血走って充実していたと思う。

 30歳を越えた頃、憑き物が落ちるように焦らなくなった。
<昨日の1分も今日の1分も明日の1分も全て自分のものだ。誰も奪っていきはしない>
 そう思えるようになったからだと思う。
 焦っておくる1分と、落ち着いておくる1分とでは、その長さは歴然と違う。危機感は持っても焦らずに。責任は負っても焦らずに。追いかけられても追い越されても泰然自若としていれば、みっしり身の詰まった時を経て、やがて燦然と輝くゴールが現れるに違いない。
 な〜んて考えているうちに、10年経ってしまった!
 実は今<第二次焦燥期>を迎えて少々あたふたしている。ある意味「青春」なのかも......(そこ、笑わない!)。ともかく『不惑』なんて文字、わたしの辞書には載っていない。

 ところで清志郎。14の夏にひと目で恋に堕ちたヒトである。17の頃には本気で「結婚する」と宣言し、母に「許してやるからさっさと告白してきなさい」と切り返されて地団駄踏んだものだ。所謂「追っかけ」こそしなかったものの、恋人もやっかむ程その「好き度」は下がることなく約10年、RCの活動休止まで続いた。
 近頃雑誌やテレビで見つけると、なんだか昔の男に再会したような照れ臭い気分になる清志郎、別れても好きな人ってこんな感じか。何言ってんだわたしは。
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by etsu_okabe | 2005-03-04 01:57 | 日々のこと/エッセー