小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

見下してるの、分かってるよ。

 他人に軽んじられているときというのは、相手がいくら誤魔化そうとしても、分かる。

 二十代の前半、まだ田舎にいたころ、仲間の結婚披露宴に招待されて上京した友人二人が、怒髪天を突く勢いで帰ってきた。招待者である新郎のAが、二人の二次会出席を断ってきたというのだ。
「あんのヤロー、何て言ってきたと思う? 二次会は会社関係の友達がくるから、遠慮してくれだとよ!!!」
「ナニサマだ! そんなに俺たちが恥ずかしいなら、最初から呼ばなきゃいいだろうが!!!」
 もっともな怒りだ。
 二人とAとわたしは、高校時代からのバンド仲間だった。Aは大学進学で東京に行ってしまい、早々にバンドを抜けてはいたが、帰郷すればいつも集まって飲んで騒ぐ関係が続いていた。中でも、披露宴に呼ばれた二人とAは小学時代からの幼馴染みなので、関係も深い。
 Aは、商業高校からは珍しく都内のおぼっちゃま大学へ進学し、父親のコネもあって誰もが知る大企業に就職を果たした。一方、田舎に残った二人のうち一人は地元の大学を出たあと家業をつぎ、もう一人は今で言うフリーター生活をしていた。
 Aが有名大学に進学したことも、一流企業に就職したことも、わたしたちにとっては大したことではなかった。AはA。別に人間が変わるわけじゃない。同じ酒を飲み、同じ話題で笑い合える仲間だ。
 ところが、Aの意識は変わっていたのだ。
 彼が、東京の一流企業人たちが集まるパーティで田舎者の二人が浮きまくることを案じた、というのはあまりにも優しすぎる解釈だろう。Aは単純に、会社の仲間たちを重要視し、幼馴染みたちを軽んじたのだ。
 二人にはそれが分かるから、ショックを怒りに転じてわたしにぶつけてくる。決して本人のAにはぶつけない。つまるところ自分たちがAにとって価値の低い人間になってしまったのだと、分かっているからだ。自分を見下している相手に「下りてこい!」などとは、ミジメ過ぎて言えない。

 今日、これと似たような思いを味わった。
 対等であると思っていた人から軽んじられるというのは、なんというか、やり場のない悔しさがある。いやな自分を見るハメにもなる。そしてだんだん、モーレツな怒りが溢れ出してくる。相手の持つ、実に下らない価値感をバカにしてしまえばいいのだが、怒りや悔しさはそんなものを乗り越えて襲いかかってくる。

 というわけで、今宵は祝い酒のはずが、ヤケ酒になりそう(大好きな友人たち、リトルキヨシトミニマム!gnk!のサイトリニューアルが、今日完了したんですよ!→http://sound.jp/littlekiyoshi/)。
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by etsu_okabe | 2005-05-22 18:01 | 日々のこと/エッセー