小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

悦ちゃん

a0013420_19352640.jpg 獅子文六「悦ちゃん」の古本がアマゾンから届いた。
 昭和11年7月から翌年1月15日まで、報知新聞に連載された新聞小説である。
 小学生の頃、学校の図書館で見つけ一度チャレンジし、難しくて一章も読みきれずに返却して以来の再読。
 冒頭、お墓参りのシーンだったことをうすらぼんやり覚えているが、果たして......うわ、お墓参りのシーンからだった!

 3年前に妻を亡くした売れない作詞家の碌(ろく)さんは、10歳になるおマセで天真爛漫な娘、悦ちゃんと暮らしている。学生時代に今で言う“できちゃった結婚”をした碌さんはまだ30代前半と若く、ここにきて“新しい奥さん”をもらいたくなっていた。
 墓参りのあと、銀座へ向かう円タクの中での会話。
「悦ちゃん、お前、もし死んだママの代わりに、ほかのママができたら、嫌かい?」
「どうしてさ」
「どうしてってこともないが、ちょっと訊いてみてるんだ」
「あら、ら、驢馬のパン屋さん!」
 悦ちゃんは、窓の外の景色の方が面白いらしい。
「悦ちゃん」
「なにさ、うるさいな、パパは」
「さっき“雨雨降れ降れ母さんが”を唄ったね。あの時、死んだママのことを考えていたのかい?」
 悦ちゃんは、面倒臭そうに、首を振った。
「雨のことを、考えてたンだよ」

 このあと碌さんは、相手から迫ってきた超美人でイイトコの令嬢で高学歴で発展家で結婚したら悦ちゃんを全寮制の学校に放り込もうというカオルさんにぞっこんになっていき、一方悦ちゃんは、長屋住まいのガンコな職人の娘で美しく優しい銀座のデパートガール、鏡子さんにぞっこんになっていく。
 こうして、カオルさんと結婚したい碌さんと、鏡子さんをママと呼びたい悦ちゃんの、すったもんだが展開していくのだが、これが実に面白い。
 頼りない父親を時に「碌さん!」と呼びつけながら、理想的な「家庭」を夢見るしっかり者の悦ちゃんと、恋に翻弄されてますます「ダメ男」に落ちていく碌さん。碌さんに恋するより先に、悦ちゃんへの愛情を育てていってしまう鏡子さん。それぞれのキャラクターが生き生きとして、飽きずに一気に読んでしまった。

 実は、死んだわたしの父はこの小説の主人公が大好きで、わたしにその名前をつけてくれたのです。
「みんなから“えっちゃん”って呼ばれるんだ。いいだろ?」
 赤ん坊を覗き込んだ自分の妹に、父は自慢げに言ったとか。
 幸せな子供だったんだな〜。
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by etsu_okabe | 2005-06-08 19:36 | 日々のこと/エッセー