小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

NHK『日本人は何を目ざしてきたのか 知の巨人たち 手塚治虫』を見て。

 NHK『日本人は何を目ざしてきたのか 知の巨人たち 手塚治虫』視聴。
 感想は色々とあるが、ここではひとつだけ。

 番組の冒頭、手塚治虫がある中学校で、大判の模造紙に漫画を描きながらの講演をしているシーンがある。
 タクシーの中でも原稿を書くほどの恐ろしい忙しさの中、彼はああした中学生への講演依頼を、積極的に受けていた。
 そしてなんと、群馬の片田舎の、わたしの中学校にも来てくれた。
 中学一年生のわたしは、あの漫画の神様が、目の前で、レオやアトムやピノコや火の鳥を描く様を見たのだ。

 漫画で語ってきたことを、直接子供たちに伝えたい、伝えねばならぬという、手塚治虫の熱意には、並々ならぬものがあった。
 それは幼いわたしたちにも伝わってきたが、上級生には理解できても、この間までランドセルを背負っていた一年生にはまだ難しいような話もあり、周囲には途中、私語を始める子供たちもいた。
 わたしも正直なことを言うと、彼が語ったことなど、何ひとつ覚えていない。記憶に残っているのは、模造紙のレオやアトムばかりだ。
 しかし、わたしは大人になってから、あの時間を何度となく思い出し、そのたびに書棚から手塚作品を引っ張り出して読むことで、あのとき彼がわたしたちに語ってくれたことをしっかりと受け止める、ということを繰り返している。それは、ただの読者ではない、直接語りかけてくれた彼の情熱を感覚として覚えているわたしだからこそできる、不思議で貴重な体験だと思う。

 あの手塚治虫が来る!
 その一報が学校を駆け巡ったとき、担任教師が手塚治虫の著書『マンガの描き方』を紹介してくれた。
 わたしはすぐにそれを買い、講演の日まで、何度も何度も読んだ。
 当日、担任から「サインをもらいなさい」と言われ、本を持ち歩いていたが、廊下ですれ違った巨大な手塚治虫に、わたしは声をかけることができなかった。
 本当に本当に、巨大な人だった。

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by etsu_okabe | 2015-02-08 14:10 | 日々のこと/エッセー