小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

あの日の松江

 『幽』第22号の小泉八雲特集を読んでいて、昔、一度だけ訪ねたことがある松江を思い出している。目的は、島根県立美術館で開催されていた、森山大道の展覧会だった。
 わたしは当時、彼の写真だけでなくエッセイ『犬の記憶』に魂を奪われており、恋人にも写真を習わせるくらい気を狂わせていた。その勢いで彼と二人、島根へ飛んだのが、今調べたら2003年だった。出発の日は、羽田空港で大規模なコンピューター故障があり、数時間飛行機に閉じ込められた。
 なんとか松江に着き、展覧会も無事観終え、ホテルに向かうために乗ったタクシーで、旨い地酒を飲める店はないかと尋ねると、連れていってくれたのが、運転手の馴染みらしい、ママが一人でやっている小綺麗なスナックだった。「スナック…?」と訝しんだが、ママは近所の寿司屋を予約してくれ、リーズナブルで美味しい地元の魚をたらふく食べた。
 スナックに戻ると、極上の地酒が待っていた。気づけば、さっきの運転手も客としてそこにいた。ママは東京の人で(しかもうちの近所で)、「いろいろあって」松江に流れて来たという人だった。
 明日は半日しか時間がないと言うと、ママと客達が、寄ってたかって観光場所や食べ物屋を教えてくれて、翌日わたしたちは、たいそう充実した半日を過ごして帰京したのだった。出雲大社ももちろん行った。
 12年も昔のことなのに、そしてどこにもメモも残していないのに、よほど嬉しく記憶に残っているのだろう、これを書きながら、スナックの店名が『しらさぎ』だったことを思い出した(今ググってみたが、食べログにも載っていない)。
 恋人とは、その一年後に別れた。『犬の記憶』は貸したままだ。
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by etsu_okabe | 2015-02-22 23:59 | 日々のこと/エッセー