小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

月光浴

 a0013420_22264016.jpg先日、仕事で池袋サンシャインへ行ったので、早めに切り上げてサンシャイン水族館の隣にあるプラネタリウム『満天』に行った。
 この日のプログラムは『天・地・水---月光浴』。写真家の石川賢治さんが<月明かり>だけで撮った写真と、星たちとのコラボレーションだった。
 ため息の出るような美しい映像に、ひととき現実を忘れてしまう。

 2年前、小笠原諸島・父島へ行った。およそ26時間かけて船で行く、“世界で一番遠い都内旅行”だ。
 島での体験は、日々の暮らしの中では決して得られない幸福感を、わたしに与えてくれた。 
 海にチャポンと入れば、膝くらいの深さでイワシの大群に囲まれ、その先で目の醒めるような極彩色の熱帯魚の歓迎を受け、沖ではイルカのファミリーと一緒に泳げるという、夢のような世界。
 そして忘れられないのは、夜、山の頂上で見た満天の星のことだ。
 本当に満天、空一面が星で埋め尽くされていた。わたしは田舎育ちだが、ハンパな田舎なので本物の天の川を見たことがない。いや、正確には山男の父に連れられて幾度となく上った山で見たかもしれないが、子供にはその凄さが分からなかった。
 シートに寝転び、ときどき視界を横切る流れ星を数えながら、ただぼうっとする。しばらくすると、自分が宇宙の小さな細胞のひとつに過ぎない存在なのだと知る心細さと同時に、不思議なことにそれとは裏腹な安心感を覚えた。何かに包まれているような、守られているような、なんとも甘やかな感覚だった。
 月明かりはとても明るい。野良山羊のいびきがする方に目をやれば、鬱蒼とした黒い林がさわさわと揺れているのが見える。虫の声や風の音も決して闇からするのではなく、青白く浮かんだ景色の中から生き生きと聴こえてくる。

 世界中の遺跡、アフリカの野生動物たち、浜辺、植物......うっとりするような石川さんの月明かり写真を見ながらあの美しい夜を思い出していると、ナレーションが、月の引力が地球の水を引きつけ、潮の満ち引きに影響を与えていると説明したあと、こんなことを言った。
「人の体も、そのほとんどが水分でできています」
 なんて素敵なナレーションだろう。
 わたしの意識の与り知らないところで、わたしの体が月に反応しているかもしれないのだ。妙に気持ちが昂ったり、逆に落ち込んだりするのは、月のせいかもしれないのだ。
 狼男の伝説や満月に繁殖を行う生物の存在など、人や動物が月に影響されているというのは昔から言われていることだが、それが体の中の「水」のせいかもしれないという話に、妙に興奮させられてしまった。

 ひとときの夢のあと歩くには、池袋の街はあまりにも猥雑過ぎる。
 頭を振り振り、空も見上げず帰途についた。
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by etsu_okabe | 2005-10-15 22:29 | 日々のこと/エッセー