小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

曖昧な記憶・20世紀少年

a0013420_241.jpg「実際に起こらなかったことも歴史のひとつである」と言ったのは寺山修司だ。マンガ『20世紀少年』を読んでいて、この大好きな言葉を思い出した。

『20世紀少年』は、70年代の悪たれ小学生たちが夢想した物語を、数十年後、誰かが現実に行っていくという話し。その夢想の中身とは、細菌兵器を使った世界征服だった。
「誰が俺たちの<よげんのしょ>を実行しているのか」
かつての子供たちは集結し、自分たちの描いた悪夢の実現を阻止すべく見えない敵と戦い、犯人を突き止めるため数十年前の記憶を辿りはじめる。しかしそれは、あまりにも曖昧な断片でしかなかった。ガキ大将にいたぶられたことは覚えているくせに、誰かを傷つけたことはなかなか思い出せない。
そんなよくある<子供の無邪気な残酷さ>をファクターにしたことが、このマンガの凄いところだ。何度どんでん返しが繰り返されようとも、多くの人がこのストーリーに飽きたり萎えたりすることがないのは、読み進む間中、主人公たちとともに己の過去を振り返り、恐怖しているからではないだろうか。

小学校3年で転校した時、いわゆる「転校生いじめ」に遭った。前の学校ではクラスの中心的存在で人気者だったわたしにとって(今と正反対!ヤなガキでした)、それは生まれて初めて味わう屈辱感だった。傷つき方も尋常ではなかったと思うが、親も先生もあまり親身に対応してくれなかった。
わたしは逞しく自力でいじめに抵抗し、やがてそれまでクラスを牛耳っていたイジメっ子の「女王様」を撃退した。クラス中から感謝され、その一件は語り種になった。当然、わたしの中でも「自慢の逸品」の記憶として心にしまってあったのだ。
ところが、いい大人になったある日、偶然合った小学時代の同級生から「あたし、小学校の時えっちゃんにいじめられた」と告白されて面喰らった。
「うそ、まさか!」
「え、覚えてないの、えっちゃん?」
相手もとまどっている。よくよく聞くと、女王と戦っていたはずの頃、一時なにかの拍子でわたしと女王が仲良くなり、二人で彼女を仲間外れにしていじめたというのだ。
全く信じられないが、彼女の話を聞くうちに、だんだん記憶が蘇ってきた。校庭の鉄棒に女王と二人ぶら下がりながら、一緒に遊ぼうと寄って来た彼女を邪険に扱うさま。
ショックだった。この時まですっかり忘れていたのだ。彼女には、その場で深く謝罪した。
しかしその後一人になると、もやもやとした感情に襲われた。あれは本当に<蘇った記憶>だったのだろうか。彼女の話に影響されてうっかり<作ってしまった記憶>ではなかったろうか。やっぱりわたしは彼女をいじめたことなんてないんじゃないか......考えれば考えるほど、彼女をいじめた記憶が事実なのか作りモノなのか分からなくなった。今でも分からないままだ。

これほど、人の記憶は頼りない。<実際に起こった記憶>ではなく、<自分に都合のいい記憶>を心に綴りながら生きている。『20世紀少年』は、そうした人間のエゴが引き起こす悲劇を、21世紀という絶望的な未来に向けて撃ちこんだ作品だ。
わたしは単行本で読んでいるので(それも友人からの借り物)現在16巻。一体どんな結末が待っているのか、恐いもの見たさで心待ちにしている。
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by etsu_okabe | 2004-05-11 02:05 | 日々のこと/エッセー