小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

ワイセツについて

 ロリコン漫画でしか「抜け」ない男性vsそうでない人たち、の熱いトークバトルが繰り広げられる深夜番組を、ちょっと前に見た。
 ロリコン側の何人かが、現実の女性とセックス経験がないことを、清水の舞台からダイブするような顔でカミング・アウトしていたのが面白かったが、あとは訳の分からぬ言い合い、けなし合い。
「我々はロリコン漫画で<抜ける>から、現実の少女に手を出さずに済んでいるのだ!」
「おめーらはただの変態だ!」
 とまあ、こんなやりとりが続くばかり。
 論点をはっきりさせーい! と画面に向かって言いながらも、しかし空回りする主張の内容がものすごく面白くて、ずるずると最後まで見てしまった。

 ひとつひとつの主張は面白いのに何故「話し合い」がつまらなかったのか。これは、ロリコンではない側の人たちに「正常・健全」という立場をとらせたのが問題だったと思う。そのせいで、必然的にロリコン側が「異常・不健全」となってしまい、案の定それが犯罪に結びつく可能性についての話しになってしまって、議論がむちゃくちゃになった。

 セックスはただの「行為」だが、容認しない相手と無理矢理セックスするのは「犯罪行為」だ。それと同じように、ワイセツはただの行為であって、別に犯罪ではない。不健全な性行動をワイセツと言うのなら、人間みんなワイセツ。あんたもわたしもワイセツ。ただ、そのワイセツの度合いが個々でちょっと違うだけ。
 たとえば、健全な性行動ってどこまで? アレをアソコに入れて射精するだけ? まさか。キスしながら○○を××することだって、愛情表現の一つとして「健全」にカウントしていいよね。あと、△△を◇◇してあげることだって、健全の範疇に入るでしょう。だって、みんなしてるもんね。わたし的には□□や○○もOKよ。あなた的には不健全?
 ところが、何十年か前には、女性が男性の△△をお口で◇◇するなんて、ありえないことだった。そういうことは「玄人さん」がやることで、貞淑な妻がそんなことを強要されたら舌噛んで死んでしまうくらい「恥ずかしい」ことだったのだ。
「新宿情話」という本の中では、中国から来た風俗嬢が「日本人の男は口を使うからいやだ。中国人の男は絶対に口は使わない」と言っていた(しかし10年後はどうだろうか)。

 とまあこんな風に、性欲・性行動の不健全性(異常性)なんて、時代と土地柄にリンクした流動的なもの。それをテレビ番組で論じ合おうというのであれば、もう「今現在、一般的にどこまでのワイセツ行為が性道徳的にOKか」という点しかない気がするんですが、どうでしょうか?
「アニメのキャラに欲情するにしても、峰不二子ならいいけど、ハイジはヤバイんじゃない?」
「いやいや、ハイジだっていいでしょう。でもユキちゃん(やぎ)はまずいよね」
 結論は絶対に出ないだろうけど、こんなトークバトルの方が、きっと面白かったはず。だめ?

 不義密通で死刑になった時代も、妻以外の女性を囲うことが「甲斐性」として尊敬された時代も、それほど遠い昔ではない。年端のいかない子供に性愛を感じることも、二次元のキャラクターにしか欲情しないことも、いつか何かの拍子に市民権を得るかもしれない。いやそれとも、宗教が生まれるより遥か昔、すでに当たり前なこととして「あった」か。性道徳なんて、その程度のものだという気がする。
 収集がつかないので、最後に、今回ワイセツに関して書こうと思ったきっかけ、たまたま読み返した大好きな谷川俊太郎さんの詩を抜粋して締めよう。
     *
<ワイセツについて>  谷川俊太郎
どんなエロ映画でも
愛しあう夫婦ほどワイセツにはなりえない
愛が人間のものならば
ワイセツもまた人間のものだ
〜〜〜中略〜〜〜
そしてこんなにみにくく 恥ずかしく
私たちはワイセツだ
夜毎日毎ワイセツだ
何はなくともワイセツだ
     *
 あ、そうそう、アメリカ人が占領先で陽気に捕虜を裸に剥いたアレ、拷問だとか虐待だとか言われているけれど、あれは完全に「ワイセツ犯罪行為」、つまり強姦だと思いますけどね、わたしは。
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by etsu_okabe | 2004-05-14 16:36 | 日々のこと/エッセー