小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

立場の言葉

「あのマンションに住んだ人には、必ず災いが起こるそうだ」
 この言葉を、こっくりさんだのラブさまだのに夢中な小学生女子が言ったとしたら、「ははあん、学校で流行している幽霊話だな」で終る。
 ところが、これと全く同じ言葉を一級建築士が言ったとしたらどうか。すわ、耐震強度偽装マンション発覚か!? と大騒ぎになるだろう。
 同じ言葉でも、誰がどんな立場で発するかで意味は全く違ってくる。

 ネット上のとある場所で、先月退職した会社で強いられてきたサービス残業について、「労基法に基づいてきっちり請求をする考えである」というようなことを書いたところ、“法律家”という人から、こんなメールが届いた。
「残業代の回収は難しいかもしれません。ダメだと思った時点で「未払い賃金の立替払い」制度を利用してみてください」
 その人はネット上で法律家として身元をきちんと明かしている。<通りすがりのつぶやき>の類ではない、れっきとした“プロからのアドバイス”なのだ。
 しかしわたしは、そのメールを何度読んでもしっくりこなかった。サービス残業が違法であることは明白だし、わたしの手元には残業の証拠としてタイムカードまである。労基局からは「証拠さえあれば、請求可能」と太鼓判を押されていたので、なぜ法律の専門家である人が「残業代回収は難しい」という見解を出すのか、さっぱり分からなかった。
 その上、彼が勧める「未払い賃金の立替払い」というのを詳しく知りたいとググってみたら、それは会社の倒産時にしか適用されない制度であることが分かってしまった。ほんの1分の検索でだ。
「あなたはどのような理由で<回収は難しい>と言っているのか、また、推奨されている制度はわたしのケースには適用されないと思われるがどうなのか」
 という内容のメールを返信したところ、以下のような内容の応えが返ってきた。
「賃金については法令で定められているが、理屈を言ったところで任意に支払う企業であればパワハラを放置しなどしない。むしろ請求することで嫌みを言われるなど、あなたは2次的被害を被る可能性がある。「未払い賃金立替」についてはわたしの専門外だ。労基署が窓口だった気がする」
 ちなみに、このメールのサブジェクトは「えーと」だった。
 プロの法律家が「無知な市民を救済する」という態度で行ったアドバイスがこれだ。市民はおちおち、プロを頼ってなどいられないということだろうか。

 法律家は法律について、医者は病気について、シェフは料理について、決して、いい加減な情報や風聞の焼き直しを発信したり、推測での判断を事実であるかのように述べるなどという浅はかなことをしてはならない。そんな当然のことをできないなら、その職業に就いている資格はない。
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by etsu_okabe | 2005-12-19 00:49 | 日々のこと/エッセー