ハッピバースデ〜
2005年 12月 21日
「バンドでピアノを弾くことになったんだ、教えてくれないかな」
M君にカセットテープを渡された。
「楽譜、ないんだ。耳コピしてくれる?」
車に乗り、カセットをデッキに突っ込んだ。それが、わたしとトム・ウエイツの出会いだ。
トムのファーストアルバムにある「オール55」が、わたしに依頼された曲だった。
家に帰り、ピアノに向かって久しぶりに五線譜を書いた。
数日後、手書きの譜面を持って、M君とピアノの特訓をした。幼少に始めないと習得は難しいとされるこの楽器を、M君は覚束ないながらも、何日もかけて軽やかにモノにしていった。
学校のクリスマスパーティのとき、普段控え目で大人しいM君が、賑やかな曲で突然わたしの手を引いて中央に躍り出て、わたしを抱き上げてくるくると回転した。彼はわたしのことが好きなんだな、と思った。とても素敵な瞬間だったけれど、わたしはそれに応えることができなかった。
いよいよ、彼らのバンドのデビューのときが来た。
その日、わたしは祝いの花束を持って、彼らが集合しているアパートへ行った。
興奮したバンドのメンバーたちは、冬だというのに上半身裸になって、お互いの体に油性マジックでLOVE&PEACEなんて書きまくっている。
「飲む?」
手渡されたワイルドターキーのボトルを、彼らを真似てそのままごくごくっと飲んだ。
「よぉし! 出発!」
押し込まれた車に乗っているのは、全員バーボンの酔っ払いばかりだ。わたしは後部座席の真ん中にいた。左にM君、右にはギターのA君がいた。
ライブ会場へ向かう時速80km以上の酔っ払い車の中で、右へ左へ体をもっていかれながら、あ、そうだ、明日20歳の誕生日だった、と小さく呟いた。車の中では、速度オーバーの警告チャイムをかき消すように、ビートルズやストーンズの大合唱が始まっていた。
彼らのデビューライブは町外れにあるレストランを貸し切ってのパーティで、彼ら以外はみんな社会人の渋い大人バンドばかり(しかもブルース系!)の、とても素敵なライブだった。
終ったあと、打ち上げの最後に出演者みんなでファミレスに寄った。
酔い覚ましにコーヒーをちびちび飲んでいると、「あっ」と言ってA君が席を外し、戻ってくると「はい」とわたしに何かを手渡した。
「なあに?」
受け取ったそれは、レジ横にある売店で売られているポケット絵本の「マッチ売りの少女」だった。
「なに、これ?」
「誕生日でしょ」
「あ!」
時計をみると、0時を回っていた。実はこのとき、わたしはA君のことが好きだったのだ。彼には恋人がいたので完全な片思いだったから、心臓が踊りだすほど嬉しかった。
「え、なになに、今日誕生日なの?」
今日出会ったばかりのお兄さんお姉さんたちが、ザワザワとこちらに注目した、かと思うと、なんと、数十人全員で、突然「Happy Birthday to You」を合唱し始めた。ミュージシャンの魔法なのか、リハもないのにハモっている。深夜のファミレスの一般のお客さんたちが、呆気にとられて見ているのが愉快で仕方なかった。
12月21日。今日ふいに、21年前のこの日のことを思い出した。
今夜はトム・ウエイツを聴いて寝るとしよう。
M君にカセットテープを渡された。
「楽譜、ないんだ。耳コピしてくれる?」
車に乗り、カセットをデッキに突っ込んだ。それが、わたしとトム・ウエイツの出会いだ。
トムのファーストアルバムにある「オール55」が、わたしに依頼された曲だった。
家に帰り、ピアノに向かって久しぶりに五線譜を書いた。
数日後、手書きの譜面を持って、M君とピアノの特訓をした。幼少に始めないと習得は難しいとされるこの楽器を、M君は覚束ないながらも、何日もかけて軽やかにモノにしていった。
学校のクリスマスパーティのとき、普段控え目で大人しいM君が、賑やかな曲で突然わたしの手を引いて中央に躍り出て、わたしを抱き上げてくるくると回転した。彼はわたしのことが好きなんだな、と思った。とても素敵な瞬間だったけれど、わたしはそれに応えることができなかった。
いよいよ、彼らのバンドのデビューのときが来た。
その日、わたしは祝いの花束を持って、彼らが集合しているアパートへ行った。
興奮したバンドのメンバーたちは、冬だというのに上半身裸になって、お互いの体に油性マジックでLOVE&PEACEなんて書きまくっている。
「飲む?」
手渡されたワイルドターキーのボトルを、彼らを真似てそのままごくごくっと飲んだ。
「よぉし! 出発!」
押し込まれた車に乗っているのは、全員バーボンの酔っ払いばかりだ。わたしは後部座席の真ん中にいた。左にM君、右にはギターのA君がいた。
ライブ会場へ向かう時速80km以上の酔っ払い車の中で、右へ左へ体をもっていかれながら、あ、そうだ、明日20歳の誕生日だった、と小さく呟いた。車の中では、速度オーバーの警告チャイムをかき消すように、ビートルズやストーンズの大合唱が始まっていた。
彼らのデビューライブは町外れにあるレストランを貸し切ってのパーティで、彼ら以外はみんな社会人の渋い大人バンドばかり(しかもブルース系!)の、とても素敵なライブだった。
終ったあと、打ち上げの最後に出演者みんなでファミレスに寄った。
酔い覚ましにコーヒーをちびちび飲んでいると、「あっ」と言ってA君が席を外し、戻ってくると「はい」とわたしに何かを手渡した。
「なあに?」
受け取ったそれは、レジ横にある売店で売られているポケット絵本の「マッチ売りの少女」だった。
「なに、これ?」
「誕生日でしょ」
「あ!」
時計をみると、0時を回っていた。実はこのとき、わたしはA君のことが好きだったのだ。彼には恋人がいたので完全な片思いだったから、心臓が踊りだすほど嬉しかった。
「え、なになに、今日誕生日なの?」
今日出会ったばかりのお兄さんお姉さんたちが、ザワザワとこちらに注目した、かと思うと、なんと、数十人全員で、突然「Happy Birthday to You」を合唱し始めた。ミュージシャンの魔法なのか、リハもないのにハモっている。深夜のファミレスの一般のお客さんたちが、呆気にとられて見ているのが愉快で仕方なかった。
12月21日。今日ふいに、21年前のこの日のことを思い出した。
今夜はトム・ウエイツを聴いて寝るとしよう。
by etsu_okabe
| 2005-12-21 02:10
| 日々のこと/エッセー