小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

飴玉

 このブログでももう何度も書いたが、わたしは人と人とが100%通じ合えるなどとは思っていない。通じ合うことなんてどうでもよくて、わたしにとって大切なことは「わかりたい」と思う相手から「わかりたい」と思われることだ。その結果が否定であっても、それは構わない。
 否定はしんどいが、わかろうとした上のことあれば、悔しくはあっても寂しくはない。
 わかろうとするより前に「わかった」と言ってジャッジされること。これは本当に、本当に寂しい。そんなとき、わたしは寂しい自分には耐えられなくて「別の自分」になってしまう。はしゃいで笑う嘘の自分。

 嘘の自分を演じた翌日、近所の蕎麦屋へ行った。
 会計のとき、店員の女性がおつりと一緒に何かをわたしの手の平に乗せた。
「お咳をされてたから。お大事になさってください」
 小さな飴玉だった。
 ほっぺたを片方膨らませながらお店を出ると、北風もなんだかホクホクと感じられ、知らぬ間に心からの笑みが浮かんでいる。
 他人を「わかろう」とする気持ち、それは<やさしさ>なのだ。
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by etsu_okabe | 2006-01-08 03:03 | 日々のこと/エッセー