小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

さあ、みんなで憎みましょう。

 先日入った喫茶店で、ドアノブの上にこんな貼紙があるのを見た。

「出る杭は打たれる。ザマー<メロ>!!」

 テレビがないのでオリンピックは見ていないが、数日前にスノーボードが惨敗した話は聞いていた。さらに、選手の中で幼い頃から注目を浴びていた一人の少女が、態度が悪いとか生意気だとかいう理由で、バッシングされていることも聞いた。実際に、あるコラムニストが大声で彼女をこきおろしているラジオ放送も聴いた。

 概して大人は「生意気な子供」が嫌いだ。根拠のない自信に溢れた態度は目障りだし、未熟を自覚しない堂々としたもの言いは鼻につく。
 子供は大人しく、可愛く、頼りなく、常におどおどと何かに怯え、大人を畏れ、失敗を前提にものごとに取り組み、大人から褒められることを至上の喜びとしていなければ、“子供らしくない”という理由で、嫌われる。
 古代エジプトのパピルスに「今の若者はなっとらん!」と書かれていたというのは有名な話だが、人というのは時代や文化を問わず、自分より若い世代が意外な方向に突出することにストレスを感じる生き物なのだろう。
 今回は、その上対象が「スポーツ選手」だ。彼らに対して、地道、努力、ストイック、の3本柱を望む大人はまだまだ多い。ヘタをすると、結果(メダル)よりもそちらを望む人の方が多い可能性だってある、このバッシングなんかを見ていると。

 喫茶店の話に戻ろう。

 注文を取りにきた店主はロマンスグレーのダンディな初老の男で、接客態度も年季の入った滋味のある雰囲気に溢れ、孫ほどの歳のスポーツ選手に対する憎しみを楽しげに客にアピールするような、品のない人間には見えなかった。
 しかし、来た客全員が見るよう、わざわざ出口のドアノブにそんな貼紙をしたのは、紛れもなく“大の大人”と言っていい彼だ。
 貼紙の文字、書き方を見ると、彼はこれを「ユーモア」としているようにも思える。このネタでみんなで笑いましょう、楽しみましょうという一見朗らかに見える態度だが、これはただのバッシングよりさらに始末が悪い。
 出る杭を疎ましく思うのは、人の性(さが)だから仕方ないとしよう。しかし、それを“共有して楽しもう”という態度は、最悪だ。この店主に限って言えば、「お客の誰とも共有できる」としていることが最悪なのだ。店主の態度は、マスコミ・メディアの縮小版だ。

 共有、共感は、自発的であるように見えて、実はそうでないことが多い。
「これに共感できないと、はじかれるかな」「ダサいと思われるかな」「しらけさせちゃうかな」
 こんなつまらぬ理由で、人はニセ共感を簡単に自家発電する。そしてそれは、あっと言う間に流行する。ニセモノが本物になる。ますます力をつける。いつの間にかそれは「みんなの常識」になる。
 本当のことが、誰の目からも隠されてしまう。

 出てきたロイヤル・ミルクティは、ミルクが腐っているのかと思うほどまずかった。偏見でなく、本当に。
 生まれて初めて、喫茶店で飲み物を残した。

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by etsu_okabe | 2006-02-27 02:23 | 日々のこと/エッセー