小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

桜、咲く。

a0013420_2324136.jpg 肌寒い宵の口、アパートまでの人通りの少ない道で、酔った若者の集団に出くわした。男ばかり6、7人、わたしの前方を大声で歌いながら横一列に並んで上機嫌だ。歌はわざと下手くそにがなっているので、非常に不快。その上若干メロディを間違えている。
 歩みがのろいので追いついてしまいそうになったが、それ以上あの歌を大きい音で聞くのは堪え難く、近づきたくなかった。かといって、彼らに合わせてチンタラ歩くのは癪に障る。
「ええい、遠回りだ!」
 追いつく寸前で路地を曲がると、突然彼らが引き返してきた。
「コンビニ、コンビニ!」
 わたしが曲がりかけた路地の先に、コンビニがある。
 不快さを隠さず顔をぎゅ〜っとしかめて、大股で路地を引き返した。

 わたしは普段、若者の傍若無人には寛大な方だ。それは、自分自身にも十分身に覚えのあることだからだ。
 居酒屋で隣席に構わず大声でゲームをする、電車の中でキスをする、往来でたむろする、くらいのことは鼻で笑って許せる。

 しかし、今日は許せなかった。

 その数十分前、実家で母と小さな諍いをした。
 とても些細なことで、人に説明するのも恥ずかしいような内容だ。母の言動にカチンときて、文句を言ったら辻褄の合わない言い訳をされた。ますますムカっとして、そのあとしばらく口をきかなかった。わたしがへそを曲げたことに気づいているくせに、母は決して謝らず、ご機嫌とりになんやかや話しかけてくる。その悪びれないやり方がさらに気に入らず、つっけんどんな返事しかできない。
 まあ、生まれてこの方何度繰り返したか分からない、よくある親子喧嘩だ。

 そんな下らない喧嘩でも、ムシャクシャを抱えてしまい、思考はどこまでも意地悪に、ダウナーになっていく。これは碌なことではない。
 こういう鬱憤が溜まりに溜まったとき、人は突然豹変し、暴力的な行動をとってしまうことがある。子供ならすぐに癇癪を起こしたり、泣きわめいて済むかもしれないが、大人は我慢をするので、溜まる鬱憤の濃度も高い。キレたら取り返しのつかないことになってしまうことだってあるだろう。

 あのまま若者たちの歌を聞かされ続けていたら、わたしはきっと「うるさい!」と怒鳴っていただろう。彼らの中に誰か一人、わたしと同じくらい鬱憤を溜めているヤツがいたら、その場でボコボコにされていたかもしれない。
 そうならなくて良かった。

 家に着いて、桜茶をいれた。
 暖かく甘い春の匂いが、湯気と一緒に立ち上る。
 グラスの中に薄桃色の桜が咲いた。

 ふう〜。落ち着いた。
[PR]
by etsu_okabe | 2006-03-21 23:25 | 日々のこと/エッセー