小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

美しく働く

 最近仕事が忙しくて帰りが遅いので、居酒屋で夕飯を済ませることが多い。一人なのでカウンターに通されるのだが、わたしはそこから板前さんたちのキビキビ働く姿を見るのが好きだ。
 一見頼りなさそうな小僧っ子が、要領よくシャキシャキと動いて一つの料理を魔法のような早さで仕上げていく様を見ていると、疲れた脳みそがじ〜んと緩んでいい気分になってくる。

 今日、ランチに入った喫茶店も、そんな気分にさせてくれる店だった。
 木枠のガラスドアを開けるとカウベルのコロンという音。天井近くの吊り棚に納められたスピーカーからはもの凄くいい音で甘く切ないニーナ・シモンなんかが流れ、角の丸くなった木の椅子には手編みカバーのクッションが置いてある。カウンターには小さな招き猫の置物が十数個。その奥から、ジュージューと何かを炒めるおいしそうな音がする。
 おしゃれなカフェも嫌いじゃないが、わたしはこういう煤けた“喫茶店”が大好きなのだ。
 しかしこの店、サラダのドレッシングは抜群においしくて後を引いたが、喫茶店の“肝(きも)”のはずのコーヒーはいまひとつだし、日替わりランチのスパゲティも飛び抜けた味ではない。なのにわたしがものすごく気持ちよい時間をそこで過ごせたのは、満席に近い店内をたった一人で切り盛りしているママさん(厨房は夫が守っているようだった)の、無駄のない美しい仕事っぷりのおかげだった。
 30席近い椅子は8割方埋まっていて、うちひとつは子供連れの6、7人の団体。わたしのオーダーのあとそこから一気に大量の注文が出て、本当ならてんてこ舞いのはずだ。セットのサラダ、食器類の用意、長居の客からは水のおかわりの声、食事の終った席のアフター・ドリンクの用意......考えただけでも目が回る。
 ところがママさんは、そんなめまぐるしい状況を実に優雅に、しかも全く抜けなく、客から一切のクレームを出させない完璧さでさばく。たった一人で全ての客の動向を見極め、的確な判断で次の仕事をチョイスする。客の要求を事前に察知し、要求される前に提供してしまう。
 わたしが見ている限り、食後のコーヒーを待たされている人は一人もいなかった。レジの前で待たされる人も、ただの一人もいなかった。出来上がった料理がカウンターでいつまでも湯気を立てて置かれたまま、という状況も皆無。とにかく、完璧だった。
 しかもこのママさん、笑顔が素晴らしい。疲れやいらつきなど一切見えない。それどころか、こちらを包み込むような慈愛に満ちた笑顔なのだ。
「ごちそうさま!」と言ってカウベルを鳴らしながら、「また来よう」とかたく思っているわたしいがいた。
 こういう店は、流行る。
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by etsu_okabe | 2006-04-04 01:04 | 日々のこと/エッセー