小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

小箱のオンナ・大箱のオトコ

 男と女の愛情の持ち方の違いは、箱の違いなのだと言う。女は大箱の中に過去の男から今の男まで全部詰め合わせにして持っているが、男はたった一人の女を入れた小箱をいくつも持っているのだと。
「だから、他に女がいようがいまいが、えっちゃんといるときには男の人はもうえっちゃんしか見えないの。一生懸命えっちゃんなのよ」
 この話をしてくれた友人が、力んで言う。何か気づかれた? あ、いやいや。
 それにしてもこの大箱と小箱の説、わたしにとってたいそう説得力のある話だった。余ったピースが次々とはめこまれていく終盤のジグソーパズルのように、頭の中でたくさんの事柄がパタパタとひっくり返ってクリアになっていく。

 自慢じゃないが、わたしは浮気をされたことがない。「トロいから気づかなかっただけじゃん」と言われればそうなのかも知れないが、「気づかなかった」は「されなかった」とさほど変わらない。
 で、これは自慢にもならないが、浮気相手になってしまったことは、ある。何度か。
 一度目は、最初から相手に妻がいることを知っていて、それでも好きで好きで、こちらからアタックした結果そうなった(後にも先にも、自分から男性に告白したのはこれっきり)。まだ10代のガキだったので許して欲しい。
 二度目は、相手から何度もアプローチされてだんだんその気になって、やがて愛情が芽生えて沸点に達し、ごく自然な流れで自分の全てを相手に投げ出したその直後、「実は俺、恋人がいるんだ……」という修羅場。このときは、今思い出しても吐き気がするほど苦しみながらもお互い離れられず、完全に立ち直ってスッキリと「恋人同士」になるまでに3年をかけた。結果的に「浮気」ではなくなったわけだ。
 三度目は、好意は持っていたけれどもまだ恋心も愛情も芽生えていない人から、恋人がいることを匂わされながらやんわり寄り切られてやんわりそうなって、ドロ沼も血しぶきも大炎上もなく、学校帰りの「バイバイ」みたいに別れてそれきりという、まことにつまらない顛末。

 でも、と思い返すのだ。
 色んな「浮気」があったけど、共通して言えることがひとつだけある。それは、彼らが皆、浮気相手であるわたしを少しもないがしろにしなかったということだ。
 今にして思うと、わたしはそれを不気味に感じていたのだと思う。大切な人がいながら、別の女性にサービスしている彼らの気持ちが理解できず、自分のことは棚に上げて、彼らの不実をなじったこともある。そして最後の最後まで、彼らの愛情を信じることはできなかった。
「あなたの愛情は、いったいどちらに注がれているの」
 息苦しさについ問い詰めると、男は決まって困惑顔で苦笑いをする。「どっちにも同じくらい愛情を持っている」などと言って火に油を注いだヤツもいる。「言っていい嘘と悪い嘘がある!」。えつ、大炎上(笑)。

 しかしそれも、大箱小箱の論理から眺めれば、あながち言い逃れでもなさそうではないか。
 赤い小箱と青い小箱、二つを両手に抱えて、ふたを開けている方に精一杯愛情を注いでいたのかもしれないと思ったら、ナルホドと合点がいく。
 わたしが苦しんだのは、彼がこっちのふたを閉めて別の箱を開けているときに、そうと気づかずあれこれ要求したときだったのだ。
 なんだ、そうだったのか。あの優しさは、本当の愛情だったんだ。
 と、合点はいったがそれでいいと思うわけでもない。
 わたしはやっぱり、たったひとつの「開けっ放し」の小箱でいたい。


 大箱のことも書いておこう。
 女は大箱に男を詰め合わせているので、いくら男が「たった一人の男になりたい」と言っても無理である。
 女がふたを開けて中を覗くとき、それはあなただけでなく、これまでの恋を全て眺めているのです。あなたは常に、過去の男たちの中の「一番新鮮な一品」として、いるのです(ふっふっふ)。
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by etsu_okabe | 2006-06-12 20:58 | 日々のこと/エッセー