小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

命がけ

 とあるバーで、スクリーンに海の映像が流れていた。
 あれはもしかしたら、まだ見ていない「DEEP BLUE」だろうか。店内を流れるおしゃれなBGMとはおよそ似合わない、海洋生物たちがひたすら捕食する様。逃げる小魚、追う鯨、狙う鳥。幻想的な青の中でそれらが入り乱れ、そのうち、どちらが食う方なのか食われる方なのか分からなくなる。

 くんずほぐれつの映像の下には、玩具のような色をしたカクテルを飲みながらもたれ合うカップル、ゆったりと雑誌を眺めている女性、けらけらと笑い止まない若い男の子たち。そして手持ち無沙汰で一人、時間潰しをしているわたし。
 そんな人間たちの憂いなどちゃんちゃらおかしいぜと、食う食われるの彼らに口があれば、きっとそう言うに違いない。毎晩午前様まで働き詰めで、目の下にクマを作ってむくませ、ご褒美ご褒美と飲み歩き、揚げ句に身体をぶっ壊す。いったい命を何だと思っているのだと、そう言うに違いない。

 人間以外の動物は、食べることに命がけだ。命をつなぐために命がけで別の命に突進し、死にそうになりながら命を飲み込んで、やっとこ数時間生きながらえる。厳しくてシンプルな“生”だ。
 それに引き換えわたしたち人間は、命を保管し命を増殖し命を加工し命をつぎはぎし、「おいしさ」という幸せのためにそれを弄ぶ。
 そうやってさんざん弄んだ命を、レジャー的に楽しみながら食べているのだから、そりゃあ身体も心も、多少複雑にできあがっていても不思議ではない。
 人だけが持つ悩みや苦しみは、案外こうした命レジャーへの無意識の後ろめたさから生まれているのかもしれないな。

 てなことを考えながらシングルモルトをぐいと飲み干し、おそらく一生何ものにも食われる心配のない世界へ、そろりと戻っていくわたしだった。
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by etsu_okabe | 2006-06-14 02:12 | 日々のこと/エッセー