小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

価値

 音楽を作っている友人から、自分のプロデュースしたものだと言ってCDを渡された。
「なになに? サンプル?」
 できたてホヤホヤの作品を、手に取る。
「いや、違う。売り物」
「あ、そうなの? で、これ開けて聴いてもいいの?」
「いや、買ってよ」
「……え?」
「千円」
 顔つきを見ると、ジョークではないらしい。不快。調理士の友達の家に遊びに行って突然ご飯を出され、「ハイ、2,500円」と言われたようなものだ。
「やだ。買わないよ。聴いたこともないものに、お金は出せない」
 きっぱりと言って、CDをテーブルに置いた。

 彼は、自分の作る音にかなりの自信を持っている。まだ20代だというのに独立し、音楽プロデュース業を始めたばかりで勢い込んでいるということもあるのだろう。チームで活動している中で、営業面での責任を負っているという辛いところもある。一枚でも多くセールスして実績にしたいという気持ちは、現在、完全独立を目指して仕事を請け負い始めたばかりのわたしには、痛いほどよくわかる。
 それにしても。

 精魂込めて作った作品に対して、まず最初に価値をつけるのは作った本人だ。どう扱うかでその作品の価値は決まる。
 一度もそのアーティストを聴いたことのない人間に、「友達だから」という“お情け頼り”の押し売りをするような作品は、つまりそういう価値だということだ。「音」じゃなく、「金」。
 わたしは、そんな音源には全く興味がないし、そんなものに払う金はただの一銭だって持ってない。
 例えば、長いこと応援しているミュージシャンが、作った音源を「いつもお世話になっているから」とプレゼントしようとしてくれても、わたしは絶対に買う。わたしにとってそういう価値のものだからだ。逆に、そう好きでもないミュージシャンの作品だったら、あっさりもらってしまうだろう、「いらないと突っ返すのは失礼だから」という理由だけで。

 CDを押し売りしてきた彼は、実は心根のいい青年だ。悪気がなく、誠実で、まじめで、気遣いが細かく、正直。だから友達になれた。そんな人だからこそ、わたしはその間違った行動に対して「No」とはっきり言いたかった。

「じゃあいい。聴いてみて、もしそれで良かったら、買って」
 少しがっかりした表情で、彼が言う。
「分かった」
 微妙な約束をして、結局CDを受け取ってしまった。とても積極的に聴く気になれない。
 それでも家に帰ってから聴いてみると、確かによくできた音源だった。でも、わたしの好きな音ではない。これにお金は払えない。んー、どうしよう……。

 次に会ったとき、わたしは彼を飲みに誘った。
「今日はわたしがご馳走する。でも、CDは買わない。とてもいい音源だったけど、わたしの好きな音じゃなかったから」
 そう言うと、彼は「うん。わかった」と言って、本当は飲めないお酒を「おいしいおいしい」と言って飲み、悪酔いしてしまった。
 ちょっと可愛そうだったが、分かってくれたものと信じよう。
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by etsu_okabe | 2006-07-06 23:51 | 日々のこと/エッセー