小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

悪意満載だけどお腹は白い?

 また子供が、イジメに苦しんで自殺した。「あんな冗談で死ぬなんて」「いつものおふざけなのに」「自分だって逆の立場に立ったことがあるくせに」「死ぬほど苦しめる気がないことぐらい、分かっていたろうに」
<殺そうと思ってイジメた>のでない限り、イジメた方には様々言い分があるだろう。そこには「こっちには悪意はなかった」という主張がある。

 悪意がなければ、悪事ではないのだろうか?

 わたしが嫌う人間の中に、よく、
「私は悪いことでも何でも正直に言うが、お腹の中は真っ白で悪意のかけらもない」
 というフレーズを連発する人がいる。この前置きの後、遠慮なくぶつけられる<悪意なき正直な言葉>に、今までどれだけ傷つけられてきたことか。思い出すだけで本当に胸くそが悪い。

 人は、悪意によって傷つくのではない。つきつけられた言葉や行為、そのものによって傷つくのだ。
 いったん傷ついたそのあとで、そこに悪意があったのかなかったのか、相手の意図を推し量る。悶々と悩み抜き、たとえ相手に悪意がなかったと判断したとしても、どうしても許せない場合だってある。
 いやむしろ、悪意がなかったからこそ許せない、ということも少なくないのではないか。逆に「悪意は感じるけど許せる」こともあるように。

「キツイこと言ったけど、私、お腹は真っ白だから」
 は、
「丸腰の市民に一斉射撃したけど、敵と見誤っただけで故意じゃないから」
 というどこぞの国の戦地での言い訳と同じだ。

 悪意があろうがなかろうが、人を傷つけたらそれは罪なのだ。罪から憎しみを生み出さないためにどうしたらいいのか、一度でも傷ついたことのある人なら、想像できると思う。


 えー正直に言ってしまうと、「お腹は真っ白」と言う人の中にこそ、真っ黒な悪意が潜んでいると睨んでいるわたしです。以上。
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by etsu_okabe | 2004-06-16 22:20 | 日々のこと/エッセー