小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

死にたくなるような日々-その2

 ここ数日の間に、人にわざわざ報告するほどでもないつまらぬ「痛いこと」が続いた。

 眠気と闘い一仕事終えた明け方、さあベッドへダイブ! という瞬間、テーブルのグラスを床に落として粉々に......。
 大きな買い物をした翌日、同じ店でバーゲンセール開始のチラシが......。
 アマゾンマーケットプレイスに出品中の古本が売れたので配送準備をしていたら、キャンセルのメール......。
 ニューボトルに嬉し気にポスカ(ガラスにも書けるマジックペン)で名前を入れたあと、ふと余計なことを書き足したくなり、思いきり振ったポスカの蓋がとれてお気に入りのワンピースにインクのシミが......。
 などなど。

 お、ついてた、ラッキー! というようなこともあったに違いないのだが、全く思い出せない。誰もがそういうものなのか、わたしが珍しくネガティブなのか。
 少し前に、高田渡さんの「死にたくなるような毎日を暮らしていることが素晴らしいんだ」という言葉に心動かされたエピソードを書いた。今、この言葉が身に染みている。
 人は、重大なことで思い悩んでいるときよりも、こういうささいな「ついてない」が続いたときに、ふっと自分を断ち切ってしまいたくなるものなのかもしれない。はっきりとした理由のある絶望感には意外に次の手があるものだが、誰も責めたり恨んだりできないショボイ敗北感には、打つ手がない。
 高田渡という人は、それを「素晴らしい」と言う。
「死にたくなるような毎日を暮らしていることが素晴らしい」
 文字で読むとまるで若者を励ます言葉のようだが、実際は全く違う。独り言のように吐き出されたこの言葉、むしろ自嘲と言っていい。ちっともポジティブではない。それなのに、わたしがこの言葉に救われるのはどうしてなのだろう。
 キレイゴトではない、垢にまみれもみくちゃにされ引きちぎられ捻りあげられてきた、生身の言葉だからこそ、か。
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by etsu_okabe | 2004-06-19 03:57 | 日々のこと/エッセー