小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

『電車男』の実験結果。

 先日ブログ漂流をしていたら、電車男の話題にでくわした。2chで空前の話題になったという「電車男」......デンシャオトコ......2chアレルギーのわたしだが、その名称に安部公房的不条理世界の匂いを感じ取り、引っ掛かってしまった。
 早速ググって、まとめサイトに行き当たる。
 で、もちろん電車男は期待したような不条理世界のカリスマなどではなく、ある意味<健全で正しい>2chの住人だった。しかし読み進むうち、これはただの「いい話」じゃないぞ、と感じはじめた。

 わたしが2chを毛嫌いするのは、その書き込み内容の殆どを占める『顔の見えない者同士の見下し合い合戦』に、読むだけでも自分の大切な部分が捩じれてきそうになるからだ。
 ところがこの電車男のスレッドは、それとは真逆の「助け合い」の愛情溢れる場だった。そしてそのことで話題になり、サーバーがパンクするほど注目され、最後には多くの人が涙したという。
 その内容を簡単に説明すると-------。

 彼女いない暦=自分の年齢、という冴えないアキバ男が、電車の中で出会った女性に恋心を抱いたことを2ch内で話す。その語り口が素直で、いうなれば「ネット好青年」な彼に住人たちの反応は優しく、ちょい先輩面の親切な恋のアドバイスが始まる。思わぬことに彼女から電車男に連絡が来たことでスレ内はにわかに活気づく。自分に自信を持てない電車男をなだめたりすかしたりハッパをかけたりしながら、何とかこの恋を進展させようと白熱する住人たち。電車男はそれに素直に応え、オタク長髪を切り、高価な服を買い、彼女のためだけに未知なる世界へ足を踏み入れていく。
 つまりこれは、友人に励まされて見事逞しく変貌した青年が恋人をゲットするまでのサクセス・ストーリーであり、また、2chを舞台にした感動友情物語でもあるのだ。

 このまとめサイトの膨大なテキストを、二日かけて全部読んだ。涙は出なかったが、夢中で読んでしまったことは認める。
 これはヤラセだ、という見解もあるようだ。確かに、ネット上でのコミュニケーションがネガティブな受け止められ方をされている昨今「掲示板もこんな風に素直な心で参加すれば、素晴らしい人間交流の場となりうるんですよ」というアピールのために仕組まれたものと、考えられなくもない。
 しかしわたしが感じたのは、これは「実験」じゃないかな、ということだった。
 全く好戦的なところのない、無害で素直でかつ2ch住人の共感を呼びやすいバックグラウンドを持つキャラクターを投入し、そいつに最も人が反応し易い話題=恋愛の悩みを語らせたら、そのスレッドはどうなるか。もしかしたら、全く毒気のない「いい掲示板」ができ上がるのではないか。そう考えた人が、面白半分に、いやもしかしたら真剣に実験したんじゃないか、と。

 人は、自分よりも立場が弱い、才能が無い、地位が低い、容姿が劣る、貧しい、というような人に対してはとことん優しくなれる。電車男が少しでも増長した態度をとっていたら、あっという間にそこはいつもの非難・批判・誹謗・中傷の嵐の場となったことだろう。ところが、電車男は一切そういう言動をとらなかった。そこに不自然ささえ感じながら読んでいたわたしは、よほどのヒネクレ者か。
 しかし実際、恐ろしいほど人のいい電車男に対して、彼を攻撃の対象とする住人は一人も現れなかった。
 そこでわたしは想像するのだ。
 他のスレでは毒を吐きまくっている人も、ここではつい良きアドバイザーになってしまったのではないか。そしてそれは相手を言い負かして得る「スカッ」よりもずっと気持ちのいいことだったから、あっと言う間に伝播したのではないか。電車男がヤラセなのか実験なのか実在者なのかは分からないが、そのことだけは事実のような気がする。
 途中、電車男が相手の女性を「中谷美紀似」と発言しても、その頃にはもうすっかり「イイ人」が伝染しきっている住人たちは誰一人ツッコまない。最終章で彼女をゲットする頃には住人の誰よりも立派に成長した彼を、妬んで蹴り落とそうとする人も一人としていない。それどころか、ありがとうと拍手と感涙の応酬だ。
 やっぱりこれは「邪念の一切ない<イイヤツ>の前には、誰もが<イイ人>になる」という、人の良心を試した実験だよ、きっと。そのうち、掲示板荒らしバスター「電車男」なんていうソフトが出たりして!

 それにしても、住人諸君の恋のアドバイスには、見事に何一つ、感心することも新発見もなかった。もっと独創的に恋愛しないと、いかんよ。君たち!
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by etsu_okabe | 2004-06-27 01:31 | 日々のこと/エッセー