小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

時節柄、怪談を一席

 中学時代、学校帰りのできごとです。

 部活で遅くなったわたしは、暗い夜道を一人、家路に向かっていました。田舎のことで、県道とはいえ街灯はまばら、車の交通量も少なく、とても心細い思いでした。道の両脇に広がる畑は底なし沼のように真っ黒で、今にもそこからぬっと何かが現れそうなのです。
 そのとき、背後から軽快な足音が聞こえてきました。振り返ると、暗くて顔は見えませんが、学生服の金ボタンと斜にかけられた白い布製の鞄が暗闇に浮かんで見えます。
「同じ学校の男の子だ」
 わたしはこの寂しい道中を一人でないことにほっとし、勇気づけられました。畑の方はなるべく見ないようにして、後ろから来る彼の足音を聞きながら歩きました。
 間もなく、一台の車がすうっとわたしの前で停まりました。心配した父親が迎えにきてくれたのです。わたしは小走りで駆け寄り、助手席に乗り込みました。ヘッドライトは今来た道を煌々と照らしています。
「あの男の子、誰だったんだろう」
 同じ通学路を通る何人かの男子生徒の顔を思い浮かべながら県道を見ると、不思議なことに誰もいません。
「あれ、もうこの車を通り過ぎたのかな」
 後ろを見ても、やはり誰もいないのです。
「パパ、今わたしの後ろを男の子が歩いていたでしょう?」
「え、そうだったかな?」
 たった今のことなのに、父の記憶も曖昧です。
「ついさっきまで、あたしの後ろを男の子が歩いていたんだよ」
「そうかい? パパは気づかなかったけど、どこか道を曲がったんだろう」
 わたしはもう一度、よく道路を見渡しました。畑の中を通る県道からの脇道は遥か遠くで、この数分の間に男の子が曲がれる道はありません。県道の両脇は大人の胸ほどの高さの土手で、たとえそれが近道だとしても、この暗闇の中、飛び下りて行くとも考えられませんでした。

 翌日、学校でこのことを話すと、
「昔この学校で、ズボンのチャックに雷が落ちて死んだ男子生徒がいるんだって。その子の幽霊は、学生鞄で股間を隠してるって、聞いたことあるよ! 絶対その幽霊だよ!」
 と、いかにも中学生が考えそうな下ネタ混じりの「学校の怪談」で少しだけ騒がれましたが、数日もするとみんな忘れてしまいました。

 真実は今でも分かりませんが、わたしがあの夜あの道で彼に励まされたことは本当で、そのせいか、このできごとを「怖い」とは思っていません。
 あの男の子、人かモノノケか分かりませんが、案外うっかり土手から落っこちてたのかもしれませんね。想像すると、笑える(もちろんそんなこと、ありえませんが)。
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by etsu_okabe | 2004-07-12 22:04 | 日々のこと/エッセー