小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

“差し”でよろしく。

 団体行動が苦手だ。
 わたしは決して空気が読めないわけではなく、秩序を乱す人間でもない。むしろその逆で、場の雰囲気をいち早く察してそこにふさわしい言動をとり、みんなが楽しめるよう気を遣う。
 それが仇なのだ。
 空気を最優先することに忙しくて「自分らしさ」にふたをしてしまい、ときには意に反した言動をとってまで場を盛り上げる。
 そんな帰り道にはどっと疲れ、自己嫌悪の嵐。あほらしい。

 というわけで、わたしは基本的に、人ととのつき合いは“差し”である。

 差し向かいのつき合いには「空気」も「ノリ」もない。
 わたしの言葉は100%相手だけに向けて発せられ、相手の言葉は100%キャッチする。フォローはないから取りこぼせない。嘘はすぐにバレる。ごまかしはきかない。あとでなかったことにもできない。どんなバカ話であっても、本音のやりとりだ。無知を晒そうが恥をかこうが、最後まで「わたし」として相手に向き合える。
 そういうつき合いが好きなので、わたしは興味を惹かれた人とはすぐに“差し”で飲みに行きたくなるんです(結局酒か……)。

 ゆうべは久し振りに新宿で、数少ない“差し飲み”友だちSと飲んだ。その中で、最近差しでつき合うのを避ける若い人が増えた、という話になった。
 Sがそのつもりで誘っても、すぐに「じゃあ誰それも呼んで……」となることが多いのだそうだ。「なんで? 二人で飲もうよ」と言うと、相手は決まって「いやでもみんな一緒の方が楽しいし」と、しどろもどろになるそうな。
「よっぽど嫌われてんのかと思うと、そいつらの飲み会や遊びには、絶対呼ばれるんだよね」
 苦笑しながらSが言う。
 誘う相手が女性だとさらに面倒で、それまでグループ内で親しく楽しく話していたのが「それはちょっと」と急に顔をこわばらせ、以後よそよそしくなったりするのだとか。
「告ってねえのに振られた感じになるんだよ!」
 それは憤慨したくもなろう。
 そういうつき合いをしているから断言できるが、Sは差しでつき合った方が100倍面白い男だ。それだけ人間に味がある。そこを味わわずして、何がつき合いだろうか。もったいないことだ。

 以前にも書いたが、わたしはここ最近、職場や趣味の場などでやたらとみんな仲良しなのが、不気味に思えて仕方なかった。もちろん、争うより仲良くする方がいいに決まっているし、わたしも友好には大賛成なのだが、なぜか不気味なのだ。
 その理由がゆうべ、うっすら見えた気がする。
 グループ内での「場」や「ノリ」を共有するだけの仲良しを何よりも大事にし、一人の人間と深く関わろうとしない彼らに、わたしは違和感を覚えていたのだ。

 人と深く関わるというのは、ときにはしんどいこともある。しかしだからこそ面白く、また益がある。
 メアドを知っているだけの100人の「友だち」と毎晩パーティで騒ぐより、魅力的な一人の人間とみっちり一晩語り明かしたいとわたしは思う。また、そう思われる人間でありたい。


 ところで帰り際、Sに、
「えっちゃんて、エロいけど色気はないよね」
 と言われた。カウンターの向こうでは、もう一人の“差し友”であるマスターまでが同意の笑顔である。
 頭をこんぐらからせながら、色気とは何かと訊ねると、
「ん~、簡単に言えば、男への媚かな」
 と言う。
 なるほど。それならいいやと気を取り直して店を出たが、なんか言いくるめられた気がしてならない。
 色気のないエロ女44歳……いやだ、そんなの。
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by etsu_okabe | 2008-12-30 17:06 | 日々のこと/エッセー