小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

傷の物語

a0013420_1824948.jpg 石内都さんという写真家の、写真展に行ってきた。
 知人から「きっと好きだと思うよ」と勧められるまで、名前も存じ上げなかったが、行ってみればなるほど、わたし好みの匂いがぷんと漂う、ざらついたモノクロームの写真がたっくさん。

 中でも惹きこまれたのは、人の「傷」を撮ったシリーズだった。
 日本刀でスパッとやったかのような細長い傷、腿に広がるケロイド、痛々しい手術痕・・・・・・さまざまな傷痕からは、秘められた物語がぞわぞわと迫ってくるようで、圧倒された。


 わたしの体にも、傷がある。
 盲腸の手術痕、遊んでいてケガしたときの縫い痕、料理中に包丁でざっくりやった痕。
 どの傷にも大した事情はないが、それが体に刻印される前後には、それぞれ小さな物語がくっついている。
 もう何十年と経つというのに、たまにそこが疼くとき、そっと手をあてながらその物語を思い出す。

 盲腸は12歳の春だった。わたしにとって生まれて初めての入院なら、3歳年下の妹にとっては生まれて初めての「お見舞い」。嬉しくて嬉しくて、買ったばかりのロングブーツをいそいそ履いてやってきては、わたしの病院食をねだり、大方を食べて帰っていった。
 鼻の下を深く切って麻酔なし(ひ~っ)で縫ったのは、中二。花も恥らう乙女はマスクをかけて通学したが、困ったのが給食の時間。「顔、見せろよー」と意地悪を言う隣の男子をきっと睨みつけてマスクを外し、ハンカチで隠しながら食べた。4年後、その男の子からラブレターをもらって仰天したことまでが、この傷の物語。
 左親指の包丁傷は、父が入院していた2か月間に作った。病院に泊り込んでいる母に代わって、高校一年生のわたしが、毎日朝晩のご飯をこしらえて妹に食べさせていたのだ。父はもうダメなのだということにうすうす気づきながら、まだ中学生の妹にそれを悟られないよう、明るく振舞っていた。自分の部屋があったのに、この期間だけ両親の寝室で寝ていたのも、家の中で「親」的な存在でいようとしていたからだろう。


 傷は醜いものだが、そのうしろにある物語を思って撮影された石内さんの写真は、どれも静謐な美しさをたたえている。傷たちは写真家によって暴かれたのではなく、誇らしく自ら披露されているのだ。
 その堂々とした、凛とした佇まいにわたしはさらに圧倒され、会場の美術館をあとにした。

 興味を持たれた方はぜひ・・・・・・あ、写真展、今日で終わりだった。
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by etsu_okabe | 2009-01-11 18:26 | 日々のこと/エッセー