小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

羨む心。妬む気持ち。

 わたしの友人に、離婚したばかりの頃「悪意がないのは分かっていても、ただ夫婦円満で幸せだということを見せつけられるだけでキツいから、今は既婚者には会わない!」ときっぱり宣言して、本当にしばらくの間独身者(わたしですわ)としかつきあわなかった人がいる。
 わたしは彼女を、素直なイイヤツだと思った。

 自分の現状に100点満点で満足している人などいない。周りは自分の持たないものを持つ人で溢れかえっている。そんな中には、自分の貧弱な持ち物を必要以上に大きく見せたり、とっておきの持ち物をひけらかしたりしなければ、立っていられない人もいるだろう。前回の記事でわたしが「辟易している」と書いたのは、そういう人たちのことだ。
「あんたはホントに人を羨まないねぇ」
 と言われることがあるが、それは違う。わたしも人を羨むし、嫉妬に悶え苦しむことだってある。ただ、羨ましいと思う対象物の基準が「多数派」と若干ずれているので、みんなが羨むときに一緒に羨むことが少ないだけのことだ。
 そんなわたしでも、わざわざ人を羨ましがらせようという腹にはウンザリするのだから、普段から嫉妬深い人にはたまったものではないだろう。
「今は既婚者とは会わない!」と宣言したわたしの友人は、まさにそういうタイプの人だった。そこで彼女はヤセ我慢をせず「幸福な既婚者には会わない」と宣言した。ネガティブな部分を公開するというリスクと引き換えに、自ら苦しみを回避したわけだ。そんな彼女に「あんた、ヒネクレてるよ」などと言う人はいなかった。
 彼女の行動は、勇気のいることだったと思う。少なくともわたしは、自分が嫉妬に苦しんでいるところなど人には見せられない。そちらの方がヒネクレているのかもしれないな。

 さて。人を羨み妬むことは、いけないことだろうか。
 わたしは、羨望や嫉妬は、人を好きになってしまうことと同じくらい<他人から見れば見苦しいけれどもどうにも止められない感情>だと思う。
「いや、あいつにだってしんどいことはあるはずさ」と哀れみを嫉妬心の上に被せたり、「あいつはそれだけの努力をしたんだ。それに較べてわたしはどうなのさ?」と嫉妬心をひっぱたいたり、そうやって自分を懸命に励ましてなんとか生き延びる、それが人というものではないだろうか。

 羨望・嫉妬に苛まれるとき、自分が一体<何を>羨んでいるのかを、よーく考えてみる。どんどん突き詰めて掘り下げていくと、突き当たった根っこが吸い上げていた養分が<わたし>だったりするから面白い。
 この辺も、わたしが羨望や嫉妬が恋愛感情と同じだと感じるところだ。
 出家したくなるほどどうにもならなくなるまでは、羨望、嫉妬、恋、これらやっかいなモノたちと、上手につきあっていかなくちゃ。
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by etsu_okabe | 2004-08-04 07:58 | 日々のこと/エッセー