小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

夏の豚

a0013420_14323636.jpg 友人から“豚蚊遣り”をもらった。
 四年前、インド旅行のために購入して以来すっかり蚊取線香派になっていたわたしだが、これまでは、皿にアルミの線香立てを置いて使ってきた。

 昭和39年生れのわたしが子供の頃は、夏になればどこの家庭でも蚊取線香を焚いていた。窓を開け放ち、扇風機を回し、母親が切り分けてくれた西瓜にかぶりつく。
「夜中おしっこにいきたくなっちゃうから、1つにしなさい」
 などと言われながら、夏休みで遊びに来ている従兄の真似をして、縁側から種を吹き飛ばす。
「あ、種食べちゃった!」
「やーい。えっちゃんのお腹から芽が出て鼻の穴から西瓜が出てくるぞ〜」
 嘘だと分かっているのに、からかわれたことが悲しくて、半ベソをかく。
 玄関からは鈴虫の声。
「ほら、これを鈴虫にあげておいで」
 父親になだめられ、食べ終わった西瓜の皮を下駄箱の上のケージに入れてやる頃には、機嫌は元通り。
「さあ、もう寝なさい」
 川の字に敷かれた布団の上を、妹と従兄とで転げ回って叱られる。
「いい加減にしなさい。明日キャンプに連れていきませんよ」
 母親が蚊取線香の入った丸いケースを持って来て、窓際に置く。
「明日さあ、テントで寝るんだよ」
「湖の中で西瓜を冷やすんだって」
「一緒にカレー作ろうね」
 子供の頃、夏休みは永遠に続くかと思われるほど、長い、夢のような日々だった。

 その頃うちでは、商品に付属しているアルミ缶の容器で、蚊取線香を焚いていた。友達の家やテレビのホームドラマに出てくる“陶器の豚”は、憧れの家庭用品だった。
 今年の夏、友人が蚊取線香派になった折り、「やっぱ“豚”だよねぇ」と、ため息つきあったのが発端で、今こうして憧れの豚が我が家に鎮座している。
 早速、金鳥渦巻を豚のお尻から入れ、中の針金に刺してライターで火をともす。すいっと立ち上った煙りが、豚の目から口(鼻なのか?)から、ゆら〜りゆらりと流れ出てくる(ラブリー!)。懐かしい香りが部屋中に立ち篭め、開け放った窓からは蝉の声。
 西瓜の代わりに右手に缶ビール、左手に豚蚊遣りを持ち、ベランダに出る。通りから豆腐屋のラッパが近づいてきた。
<なんだ、随分時間が経って時代は変わったと思っていたけれど、何も変わらないじゃないか>
 年を重ねるごとに大好きな夏が短い季節になることが寂しくて、こんなことを呟いてみる、夏休みの午後。
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by etsu_okabe | 2004-08-11 14:35 | 日々のこと/エッセー