小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

醤油入れと小さな愛

 またまた与那国での話。

 宿の隣の家に、3兄弟がいた。ここの家の子供ではなく、共働きの両親から預けられていたのだが、隣家の奥さんからはまるで本当の孫ように可愛がられていた。
 長男は小学校1年生、次男は幼稚園生、末っ子はまだ1歳の赤ん坊だ。名前を仮に一郎、次郎、三郎としよう。
 アイドルはもちろん、何をやっても可愛い盛りの三郎だ。大人たちの注目は、彼が全部さらっていってしまう。
 しかしわたしが気にかけていたのは、次郎だった。三郎がいなければきっとまだ大人たちから構ってもらえる年齢だろうに、何をするにも後回しにされてしまうのを、お兄ちゃんだからといつもじっと黙って我慢している。その姿が、けなげでいじらしかった。

 ある日の昼時、次郎と三郎が宿の庭に遊びにきていたときのこと。
 いつものように三郎がちやほやされている中、おとなしく一人で遊んでいる次郎に話しかけてみた。すると彼は、びっくりするほど大きな声で、息せき切って喋り始めた。幼稚園のこと、北谷にいるおばあちゃんのこと、お父さんお母さんのこと。時おり大きく息を吸い上げ、眉を上げたり下げたりしながら一生懸命だ。それまで無口な子供だと思っていたが、喋る機会がなかっただけなのだろう。本当はたくさん、話したいことがあったのだ。わたしはこういうのに滅法弱い。ころりと参ってしまった。
 しばらくして、次郎が何かいじっているのに気がついた。「見せて」と言うと、小さな手のひらに載っていたのは、プラスチック製の醤油入れだった。さっきわたしのお昼ご飯のお皿から、三郎が手にして遊んでいたものだ。隣で次郎も触りたそうにしていたのに、我慢していたのだろう。弟が飽きて放ったのを拾って、ひっそりと一人遊んでいたのだ。
「ねえ、それで水鉄砲つくろうか?」
 わたしが言うと、次郎がこちらを向いてにっこり笑った。
「おいで」
 手をつないで流しへ行き、入れ物をきれいに洗って水を入れた。庭に戻り、落ちていた釘の先で赤いキャップに穴を空け、次郎めがけてぴゅっと押す。
「きゃあああ」
 水攻撃を受けて、次郎は大喜びではしゃいだ。醤油入れを渡すと、自分で何度も水を入れに行きながら、飽きずに遊んでいた。

 彼らが帰ったあと、昼寝をしたり本を読んだりして午後を過ごし、夕方7時頃(与那国は日本最西端の島なので、7時なんてまだまだ夕方だ)、浜の方へ散歩に出かけた。
 ぶらぶらしていると、小学校の校庭に出た。見ると、一郎次郎三郎が、大人の男性と遊んでいるのが見える。小学校の教員をしているという、父親に違いない。
 そこに腰を下ろし、右手に親子、左手に海を眺めながらぼんやりしていると、いつの間にか、すぐ近くの山羊小屋に次郎が来ていた。一郎と三郎とお父さんは、まだ校庭の向こう側で遊んでいる。
「次郎~!」
 呼びかけると、ちょっと驚いたような顔でこちら見た彼は、わたしと分かるとすぐに笑顔になり、山羊の赤ちゃんがいるから見に来いという。近づいてみると、確かに生まれて間もない子山羊が、金網から鼻先を出している。
「可愛いねえ」
 そう言いながらふと、次郎が片手を握りしめているのに気がついた。何だろうと覗き込むと、小さな赤いキャップが見える。あの、醤油入れの水鉄砲だ。
 あれから5時間近く経っているのに、まだこんな大事に。お父さんやお兄ちゃんと遊んでいる間も、離さず持っていたんだ・・・・・・そう思ったら、胸がきゅうんと締めつけられた。

 次郎はわたしのことなど、すぐに忘れてしまうだろう。しかし、いつかお弁当に入った醤油入れを見たとき、これで水鉄砲を作ってくれたおねえさん(←自粛)おばちゃんがいたなと、思い出してくれることがあるかもしれない。その温かい気持ちを、わたしもまたこれから先ずっと、思い出しながら生きていく。
 毎日コンビニ弁当だから毎日思い出す、っていう話ではない。念のため。ちゃんと自炊もしてます、お母さま!
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by etsu_okabe | 2009-07-12 15:23 | 日々のこと/エッセー