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小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

カテゴリ:パワハラ( 4 )

いじめの構造

a0013420_17173864.jpg「パワハラネット」を一緒にやっている内藤朝雄さんから、著書「いじめの構造-なぜ人が怪物になるのか」が届く。
締め切りが過ぎたら、じっくり読ませていただこう。

内藤さんは長いこと、いじめのメカニズムについて研究されてきた。
いじめ自殺が起こるたびに、マスコミを舞台に吹き上がるいじめ論(被害者の気が弱すぎるといった精神論や、昔はなかった的な現代病説、家庭のしつけや教師の質の悪化説などなどなど)に違和感を持たれている方は、読めば目からうろこがポロポロ落ちること、間違いない。
まだ読んでもいないくせにと思うだろうが、これまでの内藤さんの本を読めば分かるのだ。
学校内で行われる小さないじめの周りには、そこを囲む地域のいじめがあり、さらにその周りに社会のいじめがある。

たとえば、わたしは内藤さんの本で「いじめ自殺者の家族が地域から受けるいじめ」について知った。
自殺した子供の親が裁判を起こすと、「子供の死で金を稼ごうとしている」「学校に波風を立てられてはうちの子が迷惑する」「子供の自殺もとめられなかった親のくせに」といった誹謗中傷で、地域から逃げ場のないいじめを受けるケースが多いのだそうだ。
他地域で起きたいじめ自殺のニュース報道を見ているだけだったら、きっと「そんないじめをするなんて、なんてひどい加害者だ!」「事件を隠蔽するなんて、なんてひどい学校だ!」「被害者の両親はさぞ悔しいだろう」と思うだろう市井のひとたちが、ひとたび自分の身の回りでそれが起こると、周りを見回し、動向を読み(空気を読み)、どっちの味方をするべきか考える。学校から「学校側に非はない」と説明を受け、近所の人たちが「あの子はいじめられて当然だった。加害者の子達のほうがかわいそうだ」「あそこは親が悪かった」と言っているのを聞けば、それに同調する。異論を唱えて自分や自分の家族に火の粉がかかるリスクは選ばない。選べない。
被害者家族は、いくらマスコミから持ち上げられ、テレビの視聴者から励まされたとしても、身近な地域から排除されたら、もうそこでまともな生活はできない。
こうして「いじめられ損」「死に損」が生まれ、「いじめ得」が生まれる。勝者は明らかに「いじめたほう」だ。
それが見えれば、子供は決していじめをやめないだろう。いじめるほうが勝ち組、ヒーローだもの。

昔ともだちが、子供の幼稚園の送迎には、服装に気を遣うと言っていた。ちょっとでも派手なものを着ていこうものなら、影で何を言われるか分からないというのだ。
わたしはむかっときて、
「あたしなら、革のつなぎ着て真っ赤な口紅つけて、ナナハンで乗りつけてやるね」
と言うと、
「あんたはそれでいいかもしれないけど、そのあと子供はずーっといじめられ続けるんだよ。そう考えたら、できないよ」
と返された。むむ。ちなみにわたしは二輪の免許は持っていない。
小学校の運動会で、父兄が上のシャツをジャージの中に入れるか外に出すかでもめた、などという話も聞いたことがある。そんなささいな決まりごとを破っても、子供に影響するのだそうだ。どひぇ。

いつか、内藤さんのゼミにおじゃましたとき、内藤さんがおっしゃっていた、
「強い人は強いままで、弱い人も弱いままで、それで幸せに暮せる社会が、いい社会だと思う」
という言葉が、ずっと心に残っている。
「自己責任」という、今世の中で最も使い方を間違えられているこの言葉をきくたび、内藤さんの言葉を思い出す。

さて、執筆にもどらねば。。。
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by etsu_okabe | 2009-03-22 17:23 | パワハラ
先日、明治大学で「パワーハラスメント」の講演をしてきました。
自分の体験を中心にお話したあと、パワハラネットに寄せられた体験事例も、いくつか紹介しました。

明治大学准教授で、パワハラネットの共同主催者である内藤さんから、
「大学でパワハラ体験を話してみませんか?」
と持ちかけられたとき、好奇心で即OKしてしまったものの、人前に立つなんて、20代のライブハウス以来のこと、正直、どっきどきでした。

30人くらいのゼミで話すつもりで行ったのが(それでも相当緊張)、当日、教室へ向かう道すがらの廊下で、100~200人の聴衆(学生さん)がいると知って、うっそー! と、ビビリまくって始まった講演ですが、皆さんの真剣な眼差しと何度もぶつかるうちに次第に肝が据わり、何とか無事、終えることができました。
しかしまあ、己の未熟さに恥じ入るばかり。


1時間半の授業のあと、学生の皆さんが書いてくださった感想が、今日、内藤さんから郵送されてきました。
およそ130人分。それぞれが、真剣に書いてくださった、貴重な言葉たちです。

講演の模様は録音したので、あとでパワハラネットラジオにアップする予定です。
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by etsu_okabe | 2008-04-29 01:03 | パワハラ

パワーハラスメント

 とうとう退職することになった。
 以前書いた通り、わたしが1年2か月勤めた職場には、暴力上司がいた。彼の暴力は、相手の人権を無視した過度な叱責、つまり「キレる」ことがまずひとつ。他に「解雇」をちらつかせる脅し行為、個人的な用事で部下を使う不当行為があった。この1年の間に、わずか7名の部署スタッフのうち解雇者2人、自主退職者4人を出したといえば、その尋常ならざる状況が分かっていただけるだろうか。
 例を挙げよう。

●気に食わないことがあると一人をターゲットにし、みんなの見ている前で立たせ、相手を「てめぇ」呼ばわりで叱責する。その際「俺をナメてんのか」「うらぁ!なんとか言え!」「殺すぞ!」などの暴言。
●休んだり席を外したりしてその場にいない部下を引き合いに出し「○○君には辞めてもらおうと思っている」と解雇をちらつかせる。わたしは全員について解雇対象であることを聞かされた(わたし自身も欠勤した日に言われていたそうだ)。
●日常的な発言「いやなら辞めろ」。
●ヤフオクで落札した品の銀行振込に、部下を行かせる(業務とは無関係)。
●自分の汚れ物をクリーニング屋へ出しに行かせる。
●特定の部下に、毎日弁当を買いに行かせる。
●懇親会の飲食代支払いに、部下のクレジットカードを使わせる。
●業績に応じて社から個人に対して出る賞金が入った場合、その何割かを自分に支払うよう示唆する。
●自分の思い通りに仕事をしていないという理由で、即日解雇。

 安っぽい2時間ドラマでも書かなそうな内容だが、全て実際にこの目で見てきたことだ。理不尽だと分かってはいても、その場にいると「No」と言えない。突発的に起こる「逆上」を恐れて畏縮しているうちに、いつの間にか笑顔で従順な奴隷になっている。なぜか。
 この上司、気まぐれに「ホトケ」になるのだ。
 DV夫から逃げても逃げてもまた戻ってしまう妻がいる。暴力を受けているときは殺したいほど憎んでも、そのあと泣いて詫びられ優しくされると、通常の何倍もありがたく幸せに思え、つい許してしまうという悪循環だ。
 同僚たちの中には、これと同じ状況に陥っていると思える者がある。上司が時折見せる「ホトケ」の態度、大袈裟に褒めそやしたり感謝したりする言動に、過剰に喜びを感じている節が見える。恐ろしいことだ。

 さらに最悪な上司の行為は、故意に部下同士を反目させたことだ。
「○○君と○○君がお前をどうしてもクビにして欲しいと俺に懇願してきている。しかし、それを俺が止めてやっているんだぞ」
 一人一人個別に呼び出してそんなことを言う。そのため、わたしたちはこれまで、同僚として正常な関係を築けずにきてしまった。

 最後の出勤日であった昨日、わたしはこのような上司の悪事の実態とそれに対する自分の意見を、初めて同僚たちに話した。するとその夜、彼らはわたしの「送別会」を開いてくれた。全員参加の自主的な飲み会は<初めて>のことだ。
 その席で、上司が個別面談で言った嘘が明白になった。ショックで口をきけない者がいた。それまで敵視していた同僚に謝罪する者もいる。
「この部署、あの人さえいなければ、こんな和気あいあいとできたんですね」
 一人がつぶやいた。

 それでも会社は、この上司にペナルティを与えることはしない。わたしたち下っ端はいくらでも取り替え可能だが、上司である彼は取り替え不可能だと考えられているからだ。
 実際、そうかもしれない。
 人間的に欠陥があっても、仕事はする。それなりの業績は出している。彼がいない状況で、わたしたちだけで同じ売り上げを維持できるかと言われたら、胸を張って「ハイ」とは言えない。
 パワーハラスメントが横行する大きな理由のひとつが、この現実だ。

 それでもわたしは、諦めたくない。会社に絶望はしているが、だからといってこんな暴力を許すことはできない。人が人を尊重するという「自然なこと」を自然にできる環境を求めることを、阻む「何か」があるのなら、そいつをぶっ倒したい。
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by etsu_okabe | 2005-11-24 00:16 | パワハラ
 家庭内で主に夫から妻や子供に対して行われる暴力、ドメスティック・バイオレンス(DV)。幸いにもそういう家庭環境に育ってこなかったわたしだが、最近、日常的にDV体験をしている。

 職場内DVだ。
(外部からは中身が見えないという意味で、職場も“ドメスティック”だと思う)

 DVには、殴る蹴る、またはレイプといった身体的暴力の他に、外部との遮断を強制する社会的暴力、そして、<怒鳴る罵る脅すばかにする、といった精神的暴力>がある。
 職場で行われているのは、この最後の<精神的暴力>。これが、仕事上の失敗に対して上司が部下を叱る、といったレベルではないのだ。隣の部屋にまで届く怒鳴り声や態度はチンピラヤクザそのもので、最後には「殺すぞ!」などというとんでもない言葉まで飛び出す。
 わたしはまだ一度も直接怒鳴られたことはないが、目の前で行われる上司の部下への罵りは、十分「お前も言うことをきかないとこうなるからな」という脅しになっている。
 そういうわけでわたしは今、毎日びくびくして過ごしている。誰かが怒鳴られ始めると、トイレに行くふりをして部屋を出る。いやな汗が出てきて、身体がおかしくなってしまいそうだからだ。
 この上司の下で何年か怒鳴られながら働いている男性は、まだ20代だというのに後ろから見たら50代の白髪頭だ。最も頻繁に<罵り・ばかにする>のターゲットになっている女子社員は、しゃっくりと奇声のチック症状が出ている。

 こう書くと、わたしが今とんでもない環境で働いていることに驚かれる人も多いだろう。自分でも書いていて寒気がしてきた。
 しかし、これはそんなに珍しい事例だろうか?
 街中にずらっと並んだ何十、何百というオフィスビルの窓を見ていると、あの中のいくつの部屋で、ああいった暴力が「当たり前」に行われているだろうかと、考えずにはいられない。

 わたしは今、事情があってこの劣悪環境から抜けることができない。また、根っからの好奇心でこの状況をもう少し深く探ってみたい気持ちもある。これほど理不尽な暴力に晒されながらも上司のもとを去ろうとしない、部下たちの心理にも触れてみたいのだ。
 それでももちろん、こんなバカバカしいことで命を縮めたくはないので、次のことは考えている。
 これさえなければ、仕事自体はやりがいがある、最高な職場だったのに。まったく、残念でならない。

※記事を書いたあとに、こんなサイトを発見→職場のモラル・ハラスメント対策室
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by etsu_okabe | 2005-06-19 09:06 | パワハラ