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小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

カテゴリ:日々のこと/エッセー( 210 )

2016年

あけましておめでとうございます。

昨年2015年は、長編小説『残花繚乱』(双葉社刊)の連続ドラマ化という、派手な幕開けでスタートしました。
ちょうど1年前のことですが、遥か昔のことに思えます。大変刺激的な3か月間でした。

ドラマ終了の頃より、双葉社文芸WEBマガジン「カラフル」にて、小説『フリー!』の連載が始まり、年末に無事、最終回を迎えることができました。

また、徳間書店の「読楽」に、短編小説『海の見える窓』を書きました。
近未来という、わたしにとっては初めての設定でしたが、命の終わりについて思うことを煮詰めて書くことができ、とても満足し、気に入っている作品です。

単行本は、書き下ろしの依頼がありながら、わたしの至らなさで押してしまい、新作を出版することができませんでした。

今年はその分丹精した作品を、昨年の分も出していきたいと思っています。

まずは2016年1月下旬、双葉社より長編小説『パパ』が出版されます。
習作時代より20年もの間、書いては消しを繰り返しながら温めてきた小説です。
すべての娘、また娘を持つ父親に読んで欲しい、そう願いながら書きました。

2016年、わたしは今年も、この頼りない身からどうしようもなく溢れてくるものを文章にして書き表すという幸せな作業に、最も力を注いでいくつもりです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

岡部えつ
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by etsu_okabe | 2016-01-03 10:52 | 日々のこと/エッセー

学校は加害者なのか

 いじめ自殺が起きる度に、『被害者vs学校』という対決の図を、もどかしく思う。これが崩れぬ限り、学校は加害者の側に立って、犯罪隠蔽を続けるとしか思えないからだ。

 学校もまた、加害者によって「子供の安全を守る」という責任の遂行を阻害された、極端に言えば "被害者" である、という立場をとることができれば、殺された被害者遺族や、現在被害に遭っている被害者とともに、積極的に犯罪追及ができるのではないか。そのためにも、いじめを曖昧な「いじめ」というひとからげにせず、傷害、恐喝、レイプ、窃盗、器物損壊、殺人など、犯罪としてはっきりさせるべきだ。
 という考えがわたしにはあるのだが、これは甘い、専門家から見たら滑稽な素人考えなのだろうか。

 学校は子供を、社会で円滑に生きていけるよう教育する場のはずだ。犯罪者は罰し、被害者を救う。当たり前のことを、子供達に示して欲しい。
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by etsu_okabe | 2015-07-11 14:01 | 日々のこと/エッセー

授賞式

 昨晩(5月14日)は、『幽』文学賞と『野性時代』のフロンティア文学賞の合同授賞式&パーティだった。
 『幽』文学賞は、昨年まで『幽』怪談文学賞という名で、わたしは2008年の第三回で短編賞大賞を受賞し、翌2009年の春、単行本デビューとともに授賞式を開いていただいた。以来、毎年この時期に授賞式の招待状が届くたび、デビューさせてくださった選考委員の先生たちやメディアファクトリー(現KADOKAWA)の編集者の方たち、そして同じ賞でデビューした作家さんたちに、今年は何が報告できるかと、戦々恐々たる気分になるのである。

 今年の会場は、目白の椿山荘。従弟の結婚式で一度来たことがあり、電車と徒歩などという庶民は坂道から転げ落ちてしまえといわんばかりの山城のごときホテルと知っていたので、奮発して飯田橋からタクシーで向かう。早めに行って庭園を堪能するつもりだったが、仕度に手間取りギリギリの到着で断念。
 入るとホール入口に歴代受賞作が並べられており、拙著『枯骨の恋』を見つけて、しばし六年前の初心を思い出す。朝から雨の降る、心細くなるような午後だった。

 『幽』の選考委員の先生たちが集まる控え室に案内してもらい、挨拶をする。「おかげさまで、なんとか書き続けています」と言うのが精一杯の体たらく。「なんとか」という言葉の中には、この一年の七転八倒がぎゅっと詰まっている。来年は、何と挨拶できるだろう。胸を張ってここに来たい。
 控え室には今年の受賞者、唐瓜直さんもいらっしゃったので、お祝いの言葉に続けて、「受賞スピーチ、楽しみにしてます」と朗らかにプレッシャーをかけておく。また一人、ライバルが増えたのだ。

 などしているうちに開会。先にフロンティア文学賞の授賞式があり、続いて『幽』文学賞が厳かにとり行われる。当然のこと、『幽』のそれは例年通り、オドロオドロしい演出付きだ。
 選考委員を代表して行われるスピーチは、今年は京極夏彦さんだった。この日華々しく飛び立つ新人作家に向け、だけでなく、すべての書き手に向けた、厳しく辛辣な、しかし先達としてこの上なく頼もしい、とても重たい言葉だった。

 パーティ散会後、移動して椿山荘の中のバーへ。格式の高いホテルのバーらしく、天井の高い重厚なインテリアに、キラキラと輝くシャンパングラス。しかし頭の中には、書きかけの小説のことがぐるぐると巡る。ならばさっさと帰ればいいのに、楽しくて結局三次会まで。

 帰りの電車。
 京極さんの言葉の中で、ある考え方を批判したあとに続けて、「そんな考え方で書いていても、作家を続けてなどいけません。もってせいぜい5年です」というのがあった。
 わたしはデビューして6年。瀬戸際なのは自覚している。だからよけいに、胸にズサズサ突き刺さった。いろんなものが刺さった胸で、来年の自分を思う。なにくそ。
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by etsu_okabe | 2015-05-16 01:24 | 日々のこと/エッセー
 東京都現代美術館『山口小夜子  未来を着る人』を観にいってきた。

 わたしにとってその人は、神秘的という言葉では足りない、人を超えたところにいるような人。"着る、纏う、装う"という表現で、まだ小遣いではハイブランドのブラウス一枚買えなかった小娘たちを、洋服に夢中にさせた人。強(こわ)い黒髪や細い目を、美しいと知らしめてくれた人。
 展示されたたくさんの重要な仕事は、わたしが知っているものから知らなかったものまで、そしてデビューの70年代のものから晩年のものまで、すべてが、胸を衝く新鮮さで迫ってくる。
 その量とパワーは想像以上で、15時頃入ったのに閉館の18時までに回りきれなかった。

 "わたしにとっての山口小夜子" は、もうひとつある。それは「葛湯」だ。
 昔「ニュースステーション」という報道番組に、<最後の晩餐>というコーナーがあった。久米宏がゲストと対談をして、締めに「あなたの最後の晩餐は?」と、死ぬ前に食べたいものを訊ねるのが決まりだ。そこで彼女が答えたのが、「葛湯」だった。フレンチのフルコースでも満漢全席でも高級ワインでも寿司でも蕎麦でもなく、葛粉を湯で溶いただけの、温かくて、優しくて、うっすらと白濁した飲み物。
 これを聞いたとき、わたしは、この人は普段から「死」を想っている人ではないかと思った。そして、彼女の訃報を聞いたとき、まっ先に葛湯を思い浮かべた。
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by etsu_okabe | 2015-04-11 23:28 | 日々のこと/エッセー
 昨年の秋場所に、二十数年来の相撲熱が再燃し、最近お相撲に関わる本ばかり読んでいる。
 そして今日、『一人さみしき双葉山』というノンフィクションを読んだ(工藤美代子著)。
 時代のヒーローであった一人の力士の物語だが、著者が追っていくのは、彼の孤独や悩みを支えていたであろう「名もなき女たち」。

 スポーツ選手、芸術家、役者……そういった人たちを支える人種がいる。タニマチ、スポンサー、パトロン、追っかけファンもそうだろう。しかし同じ"支える"でも「女」は別格だと思う。そこに横たわる「性」の深淵は、爪先をちょいと浸しただけでずるりと引き摺り込まれそうで、わたしはとても近づけない。
 この本の中に『勝負師は地獄を見た人間がなる』という、ある作家の言葉の引用があり、心に残った。ここで言う「地獄」とは、死に損なうような生命の危機のことだ。そんなものをかいくぐった男を支える女とは、どれほどのものを犠牲にできる人なのか。
 と考えたところで、「犠牲」と言ってしまう時点でわたしは失格だと苦笑いする。こんな人間は、合格などせぬほうがきっと良い。
 それにしても、燦然と輝く足跡を残した「勝負師」たちの、蹴散らした泥や砂を掃き清める女たちに思いを馳せるにつけ、女になるのは容易いが、女でいるのは至難であると思い、溜め息が出る。
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by etsu_okabe | 2015-04-09 03:56 | 日々のこと/エッセー
 『ブラック企業の新卒求人拒否 青少年雇用法案を閣議決定』という記事を読む。
 >>記事はこちら

 良いこととは思うが、私は以前から、そもそもハローワークが悪質企業の求人を平然と出していることに疑問を感じている。
 労基署と連携して、ハロワが "ふるい" の機能を持てば済むことなのに、と。

 悪質企業の求人が少なくない数でハローワークに混ざり込んでいることは、求職者だけでなく、求人している優良企業にも損失を与えている。
 給料が高いわけでなく規模も小さいが、残業はほぼなくあれば手当てがつき、社内暴力もなく人間関係が良好のとてもいい企業が、いくら求人を出しても応募がない、という例が実際にある。ここで働きたい人はいるはずだが、求め合う企業と人が結びつかないのだ。実直で魅力の少ない条件より、よくわからないがきらびやかな条件に人は流れてしまう。
 人が「よりよい条件」に引かれるのは当然だが、現状ではそこに「甘言」が混じっている。それが甘言かどうかは「入社してみなければわからない」。
 こうして、貴重な人材に無駄足を踏ませてしまう。それだけでなく、命に関わる被害を被らせてしまうことさえある。
 この無駄足や被害をなくすためにも、そして優良企業に貴重な人材を入りやすくするためにも、就活と求人の接点で悪質企業を取り除く "ふるい" の機能はあるべきだと思う。
 広告費でもっている一般の求人誌や求人サイトには、その役目は期待できない。公の機関であるハローワークだからこそ、その役目を担って欲しいと切に願う。

 余談だが、わたしはかつて、日常的に暴力を振るう上司がいる企業に、ハローワークを介して入ったことがある。
 上司は男で、暴力をふるう相手は、特定の女性社員だった。
 上司は己の悪行を自覚しており、わたしが暴力についてはっきり非難すると、平身低頭で謝ってきた。しかし、当の被害者に謝罪はなく、暴力もやまなかった。
 被害者の女性には、在職中も退職後も何度も会い、組合への訴えかけ、労基署への通報などを勧めたが、被害は自覚しながらも、なにかと理由を作って腰を上げようとしなかった。暴力のたびに、過呼吸の発作を起こして休職するような日々を送っていたのに、だ。
 今にして思うと、あれを共依存というのだろう。暴力の本当の恐ろしさは、こういうところにある。
 わたしは結局、彼女を見捨てた。今、どうしているのかまったく知らない。
 その体験を元に書いた短編が『アブレバチ』だ。私の最初の本『枯骨の恋』に収録されている。
 物語は、パワハラ被害の果てに自殺した同僚の実家を、主人公が訪ねるところから始まる。山深いその村にある因習が彼女を取りこんで、やがて、同僚の自殺の真相が明らかに……という話。
 興味を持たれましたら、ぜひご一読を。
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by etsu_okabe | 2015-03-17 15:04 | 日々のこと/エッセー

あの日の松江

 『幽』第22号の小泉八雲特集を読んでいて、昔、一度だけ訪ねたことがある松江を思い出している。目的は、島根県立美術館で開催されていた、森山大道の展覧会だった。
 わたしは当時、彼の写真だけでなくエッセイ『犬の記憶』に魂を奪われており、恋人にも写真を習わせるくらい気を狂わせていた。その勢いで彼と二人、島根へ飛んだのが、今調べたら2003年だった。出発の日は、羽田空港で大規模なコンピューター故障があり、数時間飛行機に閉じ込められた。
 なんとか松江に着き、展覧会も無事観終え、ホテルに向かうために乗ったタクシーで、旨い地酒を飲める店はないかと尋ねると、連れていってくれたのが、運転手の馴染みらしい、ママが一人でやっている小綺麗なスナックだった。「スナック…?」と訝しんだが、ママは近所の寿司屋を予約してくれ、リーズナブルで美味しい地元の魚をたらふく食べた。
 スナックに戻ると、極上の地酒が待っていた。気づけば、さっきの運転手も客としてそこにいた。ママは東京の人で(しかもうちの近所で)、「いろいろあって」松江に流れて来たという人だった。
 明日は半日しか時間がないと言うと、ママと客達が、寄ってたかって観光場所や食べ物屋を教えてくれて、翌日わたしたちは、たいそう充実した半日を過ごして帰京したのだった。出雲大社ももちろん行った。
 12年も昔のことなのに、そしてどこにもメモも残していないのに、よほど嬉しく記憶に残っているのだろう、これを書きながら、スナックの店名が『しらさぎ』だったことを思い出した(今ググってみたが、食べログにも載っていない)。
 恋人とは、その一年後に別れた。『犬の記憶』は貸したままだ。
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by etsu_okabe | 2015-02-22 23:59 | 日々のこと/エッセー

書ける、書けない

 昨晩の『美しき罠〜残花繚乱〜 第六話』、泉がとうとう繚乱体勢に入ったわけですが、原作の小説『残花繚乱』には、その展開はありません。
 泉は努力の人。留学で英語を身につけた後、派遣社員として小さな金融企業に入ったのをきっかけに、地道な努力で外資大手の証券会社に入り、さらなる努力で正社員にまで上りつめた人です。
 なのに、夫は努力を放棄している。泉は幸せのために頑張れば頑張るほど、夫に失望させられてしまいます。さらに、理想の夫婦だと思っていた両親の関係が、父親の病を機に壊れていくのを目の当たりにする。
 夫婦の愛とは何なのか、彼女の心の移ろいを描くことは、常にこの問いを突きつけられる作業でした。

 ところでわたしは独身で、一度も結婚をしたことがありません。
 経験もないくせに夫婦のことなど書けるのか、というのは小説家に対しては愚問です。殺人だって幽霊だって変態性愛だって、経験しなくとも書くのが仕事です。既婚の作家がワンパターンの夫婦しか書けないわけではないのと同じこと。
 肝心なのは、その状況や背景を経験しているかどうかではありません。そうした状況におかれたとき、設定した事情を背負ったキャラクターが、何を思い、どう行動するのか、それを想像し、創造する力です。
 習作時代、
「この描写はリアリティに欠ける」
 と講師に指摘されて、
「でも先生、これは本当にあったことなんです!」
 と食ってかかる受講生、という図に何度も遭遇しましたが、小説というのは、本当にあったことをそのまま書くものではない。嘘を本当のように描くのが小説です。

 だけど、そういうことを書くと思い出すのが、向田邦子さんの「子供を書けなかった」というエピソード。
 小学校の同窓会で先生から「お前のドラマには子供が出てこないのがよくない」と言われて、向田さんは、自分は子供をもうけなかったので子供を書けなかったと、思い至るんですね。
 その「書けない」という感覚、すごくよくわかる。
 どちらにしても、わたしなんてまだまだ、ちゃんとした小説をひとつも書けていない未熟者。
 泉のように、努力、頑張ろう。
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by etsu_okabe | 2015-02-13 21:56 | 日々のこと/エッセー
 NHK『日本人は何を目ざしてきたのか 知の巨人たち 手塚治虫』視聴。
 感想は色々とあるが、ここではひとつだけ。

 番組の冒頭、手塚治虫がある中学校で、大判の模造紙に漫画を描きながらの講演をしているシーンがある。
 タクシーの中でも原稿を書くほどの恐ろしい忙しさの中、彼はああした中学生への講演依頼を、積極的に受けていた。
 そしてなんと、群馬の片田舎の、わたしの中学校にも来てくれた。
 中学一年生のわたしは、あの漫画の神様が、目の前で、レオやアトムやピノコや火の鳥を描く様を見たのだ。

 漫画で語ってきたことを、直接子供たちに伝えたい、伝えねばならぬという、手塚治虫の熱意には、並々ならぬものがあった。
 それは幼いわたしたちにも伝わってきたが、上級生には理解できても、この間までランドセルを背負っていた一年生にはまだ難しいような話もあり、周囲には途中、私語を始める子供たちもいた。
 わたしも正直なことを言うと、彼が語ったことなど、何ひとつ覚えていない。記憶に残っているのは、模造紙のレオやアトムばかりだ。
 しかし、わたしは大人になってから、あの時間を何度となく思い出し、そのたびに書棚から手塚作品を引っ張り出して読むことで、あのとき彼がわたしたちに語ってくれたことをしっかりと受け止める、ということを繰り返している。それは、ただの読者ではない、直接語りかけてくれた彼の情熱を感覚として覚えているわたしだからこそできる、不思議で貴重な体験だと思う。

 あの手塚治虫が来る!
 その一報が学校を駆け巡ったとき、担任教師が手塚治虫の著書『マンガの描き方』を紹介してくれた。
 わたしはすぐにそれを買い、講演の日まで、何度も何度も読んだ。
 当日、担任から「サインをもらいなさい」と言われ、本を持ち歩いていたが、廊下ですれ違った巨大な手塚治虫に、わたしは声をかけることができなかった。
 本当に本当に、巨大な人だった。

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by etsu_okabe | 2015-02-08 14:10 | 日々のこと/エッセー
わたくし、2014年12月21日で、50歳になりました。
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 2014年も、皆様方には大変お世話になりました。
 今年は『残花繚乱』の連載で始り、『残花繚乱』のテレビドラマ化決定の喜びで暮れるという、たいへん恵まれた一年でした。
 その間には『残花繚乱』の単行本発売、そして、大急ぎの文庫化という目まぐるしさ。まさに、この作品一色の一年だったと思います。

 一方で、昨年始めた朗読ユニット『業』の活動はまったくできず。
 春先には左目に『中心性漿液性網脈絡膜症』というストレス性の病を発症したり、これまたストレスと思われる胃腸炎で4年振りに胃カメラを飲んだりと、年相応の体の不具合も経験しました。

 2015年、いったいどんな一年になるかわかりませんが、小説の仕事は今年の倍以上はやるつもりですし、『業』も先に進めたいと思っています。
 どうぞ皆様、来年も、岡部えつをよろしくお願いいたします。
 
※写真=森孝介

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by etsu_okabe | 2014-12-30 14:35 | 日々のこと/エッセー