「ほっ」と。キャンペーン

小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

<   2004年 10月 ( 7 )   > この月の画像一覧

ハッピーな夜

 リトルキヨシトミニマム!gnk! のライブを見に、新宿歌舞伎町へ。大好きな街なので、最初から心は弾み気味だ。

 ちょっと早めに着いたので、ライブハウスの隣にある小さなバーに入った。若い男の子が3人、カウンターとホールとキッチンに別れててきぱきと働いている。カウンターに案内され差し出されたメニューを開くと、雰囲気に似合わずシングル・モルトの品揃えもまあまあ。何も期待せずに入った店がこうだと、本当に嬉しくなってしまう。
 ボウモアのストレートをちびちびやりながら友人と他愛のないお喋りをしている間、ついつい目の前のバーテンダーに目がいく。この若者、とにかくじっとしていないのだ。客のオーダーを取りながら、カクテルを作ったかと思えばロック用のデカい氷を器用に砕き、キッチンから料理が出れば、素早くトレーにセットして運ぶ。見ていてなんとも気持ちがいい。
 小一時間もしてグラスが空くと、絶妙なタイミングで「何か飲み物をお持ちしますか?」ときた。しかし残念ながら、もう時間だ。チェックを頼むと、
「これからライブに行かれるんですか?」
 と言う。
「えっ。どうして分かるの?」
「先程から、音系の話をされてらしたでしょう。お隣のライブハウスですか?」
 あれだけ忙しく働きながら、客の会話にもちゃんと注意を向けていたのだ。感心しつつ、気にかけてもらっていたことに心がぽあんと幸せになる。

 いい接客というのは、本当に人をハッピーにする。わたしは「味」よりも「人」が気に入ってリピーターになることの方が多い。

 昔、一人暮らしを始めたばかりで生活の厳しかった友人が、会社勤めのあとバーでアルバイトをしていたとき、ボロボロにくたびれてどうにもならなくなると、深夜の「すかいらーく」に駆け込んでいた。そこで働くウエイトレスのKさん(名前も覚えている)の接客が、「とにかく天使のようなの!」と言って。
 Kさんは角張った顔の美人でもなんでもないおばさん(失礼!)なのだが、その笑顔と手抜かりのない気配りが、友人の疲れた心を癒しに癒してくれたそうだ。
「彼女がいなかったら、わたしはあんなしんどい生活をこれほど続けることはできなかったと思う」
 と、友人はよく言っていた。ファミレスの店員と客だから、会話をするわけでもない。ただの接客だけで、人はこれほど他人を幸せにできるのだ。

 ライブを見たあと、いつものようにゴールデン街に流れた。
 久し振りに行ったので、マスターが「オカベさん、いつもお綺麗ですね」と言ってくれた。この人、時々思い出したようにこの台詞を言ってくれるのだ。サービス・トークだろうが何だろうが、わたしはこれでちょびっといい気分になれる。

 気持ちのいい音楽を浴びて、気持ちのいい接客にあって、なんともハッピーな週末の一夜。
 こういうことがあるから、明日も生きてみようという気になれる。
[PR]
by etsu_okabe | 2004-10-30 23:03 | 日々のこと/エッセー

行きつけ

 新宿三丁目に行きつけのバーがある。小さな入り口を入るのさえためらわれる怪しげなビルの、しかも最上階にある店だから、一見(いちげん)で来た客は開店以来26年で数人しかいない。
 傾斜のきつい階段をぜーぜー言いながら(ここにはエレベーターがない。そしてわたしには体力がない)のぼる間にある店も、ドアと表札のような看板があるだけで中は全く伺い知れず、うっかり入ったら身ぐるみ剥がされるんじゃないかという雰囲気がプンプン漂っている。

 最初にわたしをここに連れてきてくれた友人は、こんなところに一見で入ったツワモノだ。酔った勢いで「この界隈で一番怪しげな飲み屋に入ろうぜ~」と男二人、新宿を徘徊していてこのビルを見つけ、中で最も怪しげな名前のこの店を、肝だめしの先に決めたのだそうだ。全く、男の酔っ払いの考えることはよく分からない。

 やっと最上階の4階に辿り着くと、踊り場に古本が置かれ「ご自由にお持ちください」とある。今まで何冊か持って帰ったが、読んだ本はない。もう持ち帰るまい。
 ドアを開けると、役者でもあるマスターがにっこり迎えてくれる。
 この人は、どんな話をしてもまずはじっと黙って聞いてくれ、決して聞き流すことなく、そのあとちゃんと自分の意見を言ってくれる。お説教臭くなく、えらぶってもおらず、「僕はこう思う」と淡々と話すので、素直に聞ける。

 あるとき、同年代の女三人で飲みに行った時、マスターが急に、
「前に読んだ小説で、こんなのがあったの。よく聞いてね」
 と、話し始めた。
「主人公は一人称で語られる女なの。自分がものすごく美しくて男にもてることを分かってて、うっとりと鏡を見つめてるような、鼻持ちならない女。
 ああ、今日もあたしはこんなに綺麗だわ。しばらく出かけていないから、久しぶりに出てみようかしら。
 女は着飾って出かけ、喫茶店に入ってお茶を飲む。そうすると、そこに若い男が入ってきて、彼女の隣に座る。
 あら、あの学生ったらあたしを見てる。バカね、あたしがあんたみたいな男になびくとでも思ってんの。でもそうね、たまには相手をしてあげてもいいかしら。やだ、あたしが見つめ返したら慌てちゃってるわ。案外うぶなのね。くすくす、照れてるわ。ちょっとからかってやろうかしら。
 さんざん男をからかったあと、女は男を店に残して帰っていく。
 そこで突然、語り手が女から男に変わるの。で。
 なんだよあの化けモノみたいなバアさんは。さっきから俺の方を見て色目使ってやがる!頭がおかしんじゃねえか。気持ち悪ぃ!!……で、終わり」
 わたしたち三人は、し~~~~~~ん。
「で、僕が何を言いたいかって言うと、つまり、今のうちにたくさんいい恋しなさいってこと」
 にっこりと笑う。

 いいや、違うだろ~~~~。マスタ~~~~~。
 彼の目には、わたしたち三人が、とても傲慢に見える瞬間があったんじゃないだろうか。薄暗い店内で他の客からさんざん「若い若い」とおだてられ、ちょっとばかりいい気になっているように、感じられたのではないだろうか。
「もっと自分を知りなさい。謙虚になりなさい」
 わたしには、マスターがそう言っているように思えてならなかった。
 それからあと、わたしはことあるごとにこの小説の話を思い出す。
 自分で自分が見えなくなってしまうことは、よくある。他人にはよく見えるのに、自分では気づけないこともたくさんある。ところが、友達同士というのはなかなか忠告しあうことができない。もししても、反発に会うに決まっている。親兄弟に言われるのもしゃくに障る。
 身近な誰に言われても素直に聞けないこと、それが「自分自身のこと」だ。
 そんなとき、こんな行きつけの店があり、こんなマスターがいるということは、案外わたしにとって大きなことかもしれない。

※この記事を書いている間中、東京はぐらぐら小さく揺れていた。
 新潟方面の方、大丈夫でしょうか?
[PR]
by etsu_okabe | 2004-10-23 20:08 | 日々のこと/エッセー

エクスタシー

「あ〜っ気持ちいいっ」と感じること、わたしは音楽からの刺激がとても多い。
 味覚と同じで、おそらく音楽的感覚も幼い頃からの鍛練(質のいい音楽にどれだけたくさん触れたかとか、自分で音を出してみたかなど)が大きく影響すると思う。

 わたしの父は映画と映画音楽が大好きで、まだステレオを買う前、小さなプレーヤーだけのときから、ソノシート(その昔、赤い透明のペラペラシートがあったのさ、若人たちよ)の映画音楽集を聴いていた。
 自然にわたしもそれを聴いて育ったので、古い映画は見たことがなくても、音楽だけは知っているものが多い。小学校低学年のときの鼻歌が「第三の男」や「日曜はダメよ」、「皆殺しの歌」だった。4歳からピアノを習っていたので、母にせがまれ「太陽がいっぱい」を耳コピして弾いていたのもその頃だ(母は音楽ではなくアラン・ドロンが好きだった)。
 こうしてスポンジみたいな時期にドラマチックないい音楽(音質はひどかったけど)をたくさん聴かせてもらったおかげで、わたしはきっとそのテの音楽を楽しむ能力を授かったのだと思う。ブルースは大好きだが、50'sロックンロールには全く興味が持てないのもそのせいだろう。

 今も、好きになる音楽はみなドラマチックだ。たとえば歌詞が聴き取れなくても、もしくは歌詞がなくても、音楽自体に物語があるもの。たった一人の弾き語りや2ピースのバンドでも、その楽器や声が見事な表現力でドドーッと心に迫ってくるもの。
 逆に、どんなに歌詞がドラマチックでも、音にドラマがなくては興醒めしてしまうし、大所帯のバンドに大音量と上質の音響でドカドカ奏でられても、そこに物語がなければウンザリ耳を塞ぐ。

 ドラマチック=複雑さ、では決してない。同じ材料を使って料理しても、一流シェフが作る玉子焼きとわたしが作る玉子焼きでは全く出来ばえが違うのと同じで、同じ楽器や同じフレーズでも、そこに物語を乗せられる人と、ただ上手に弾くだけの人では、全く違う音楽を作る。わたしの言うドラマチックとはそういう意味だ。評論家でないので、うまく説明ができなくてもどかしい。
 もちろんこれはわたしの主観であって、あくまでも「わたしに響いたか、響かなかったか」なのだが、こと音楽に関してはかなり堂々と「わたしに響いた音楽は、絶対にいい音楽!」と言い切れる。
 だって本当にそうなんだもん。

 誰にでも音楽は奏でられる。お箸で茶碗をチンッ!と叩けば、もうそこに音楽はある。それは、人の心をかき乱したり爆発させたりできる、ものすごい道具だ。そのことを忘れているクソミュージシャンは、ミューズの罰が下る前に、やめた方がいい。

 最近、心かき乱される音楽とたて続けに出会った。今もぐらんぐらんしている。なんと幸せなことだろうか。これぞ、エクスタシー。
 ↓
・木蓮
・らぞく
[PR]
by etsu_okabe | 2004-10-17 18:19 | 音・詩のこと

『カワ』問題

<学校で、机の並んだ縦の列のことを、何と呼んでいましたか?>

 たて続けに「地元ネタ」でいく。
 もう数年来、気になったまま放っておいた問題が、前記事をきっかけに群馬関係のブログを覗いているうち、再び気になりだしてたまらなくなった。

 学校で、机の並んだ縦の列のことを、わたしの地元、群馬県(おそらく全域)では、こう呼んでいたのだ。

『カワ』

 正確に言うと、廊下側から順に、『1のカワ、2のカワ、3のカワ、4のカワ』と呼ぶ。
<使用例>「今週の便所掃除は2のカワで〜す」
     「4のカワの一番後ろって天国だよな」

 群馬県出身の人は、キョトンとしているだろう。「なに、そんなことが問題なの?」と。
 驚くなかれ、この呼称、全国区ではないのだよ、上州っ子諸君!

 わたしが職場(東京)で何のためらいもなく、
「じゃあさ、このカワの人から○○すれば〜?」
 と発言して同僚たちをポカンとさせ、初めてそのことに気づいたのが、わずか3年前のこと。
 そこに入社するまで、列のできるほど大人数の机が並ぶ職場にいたことがなかったのだが、たとえそういう環境にあったとしても、なかなか『カワ』は使わなかっただろう。
『カワ』は、小、中、高、の学校の教室内でしか使わない。あくまでも「縦に並んだ机の列」を呼ぶときのみなのだ。朝礼で並んだときに作るのは、『列』と言う。

 さてこの『カワ』、ならば群馬の方言かというと、そうではない。
 その大所帯の職場で一人一人に尋ねてまわったところ、東京都の一部、東北の一部、北海道の一部、中部地方の一部などで、
「うちの学校でも『カワ』って呼んでたよ」
 という調査結果が出たのだ。

 どういうコト?

 むか〜しむかしある一人の風流な教師が、教室にイガグリ頭とオカッパ頭がかわいく並んださまを見て、それを清らかな水の流れに見立てて『川』と呼んでみた。それはそのクラスで通称になり、そこにいた生徒は進級しても『川』を使った。その中でのちに教師になった者が、故郷から遠く離れた赴任先の学校でも、当たり前のように『川』を使う。そしてその教え子がまた......。という具合に、小さな<一部>から別の場所の<一部>へ、『カワ』は飛び火のように広がっていった。
 だから『カワ』は、方言のようにその地域全体で使われているのでなく、ある地域のごく狭い範囲で使われ、しかも全国に広がっている......。

 な〜んてことを想像したりして、じゃあその最初の風流先生ってどこの誰!? とこれまた気になったりしているわけだ。
 冒頭に述べたように、群馬に限っては、おそらく全域で使っている『カワ』。やはり出所はわが故郷なのだろうか......?
 ああ、気になって気になって仕方ない。

 この『常習女』、ありがたいことに、毎日平均100前後のアクセスがある。
 どうかどうか、ここをのぞいた方! あなたの育った地域で『カワ』を使っていたか否か、使っていなかったのなら何と呼んでいたのか、一言コメントを残して下さらないだろうか。
 お願いいたします!!



Bandit's Rain
さんにTBしています。
[PR]
by etsu_okabe | 2004-10-16 02:39 | 日々のこと/エッセー

たまごパン!!

 前橋市岩神町にある、「アジアパン」の「たまごパン」!」
 故郷の銘菓自慢をしろと言われたら、迷わずこれを上げます(菓子パンなので、菓子に分類)。
 小さい頃、これにたっぷりのマーガリンを塗って食べるのが大好きでしたが、今は生クリームのトッピングもあるんですね。久しぶりに食べたくなった!

 今回は珍しく、エキサイトのトラックバックテーマ「地元の銘菓自慢」!にTBしています。

 1945年創業のアジアパン、実はその創業者はわたしの祖父。現社長は伯父です。父もサラリーマンを途中でやめて、亡くなるまでずっとこのパン屋さんで働いていました。わたしにとってアジアパンは“おじいちゃんち”であり、工場(こうば)はいとこ達たちとの遊び場だったのです。

 すでに亡くなっている明治生まれの祖父は、早稲田大学を卒業したあと「これからは商いだ!」と前橋の家族に黙って大阪に飛び、パン屋さんに弟子入りしたという変わり者。当時そういう奉公のようなものは10代から入るのが普通だったそうですから、店の主人は突然現れた随分とうの立ったワケアリげな男を、不審に思ったそうです。

 アジアパンは群馬県全域の学校給食用パンも作っていたので、うちのパンで大きくなった群馬県民はたくさんいるはずです(ふふふ)。
「昔の給食のパンはまずかったよな~」
 という声も聞こえてきそうですが、給食用は配合が決められていたのでどうしようもなかったんです(今の給食パンはバラエティに富んでおいしいそうですね。羨ましい)。でもみんな、一生懸命作っていたんですよ。

 そう言えば、わたしはたいていのモノを「おいしい、おいしい」と食べてしまう<味音痴>なのですが、パンに関してだけは別です。米の良し悪しは分からないくせに、パンの美味しさだけは分かるんです。
 経験て、すごいですね。

 パン屋さんの匂いは、故郷の匂いです。
[PR]
by etsu_okabe | 2004-10-10 02:15 | 日々のこと/エッセー

おすそわけ

 9月に再就職をしてひと月。そろそろ馴れとともに、不満やしんどいことも出てきた。

 バシャバシャと秋雨の降る夜道を、下を向き、胸の中で恨みごとを唱えながら家路に向かっていた。いくら自分の中で煮えたぎらせたって何も解決しないのに、わたしはときどきこうして沸騰したままの思いを閉じ込めてしまう。
 雨が靴に染みこんでつま先が冷たくなると、なんだか自分が頼りないお婆さんになってしまったみたいで悲しくなった。

 角を曲がるとき、反対方向からきた60代くらいの夫婦とおぼしき男女が、わたしより先に同じ方角へ曲がった。狭い歩道なので、三人は一列になって歩く形だ。
 先頭のおじさんは酔っぱらって千鳥足だった。急いでいるわけではないけれど、それまでの歩行ペースが乱されて、最後尾のわたしは少しだけイラッとくる。

 そのとき、おじさんがふらつきながら振り返った。
「今日は良かったなあ、なあ」
「ええ、そうですね」
 おばさんの方はしっかりしていて、事務的な返答をする。
「あいつ、喜んでいただろう、なあ」
 おじさんはいちいち、おばさんに同意を求めるために千鳥足で振り返るので、車道に落ちやしないかとヒヤヒヤしてしまう。
「ええ、そうでしたね」
 長年連れ添った夫婦なのだろう、おばさんはそんなことはちっとも意に介さない様子だが、なぜか冷たい感じはしない。
「そうだろう。あいつ、喜んでいたよなあ、なあ」
「ええ、そうですね」
「ほんっと、ほんっとに良かったよ。あいつ、喜んでたよ。なあ、なあ」
 心から嬉しそうなおじさんの声を聞いているうち、こっちまでほんわかした気持ちになってきた。車が途切れたら車道に降りて二人を追い抜かそうと思っていたのに、とうとう二人の家の前までくっついて歩いてしまった。

 前を通り過ぎるとき、マンションのポーチで重たくなった傘を振っている二つのシルエットからは、まだ「良かった」が聞こえていた。
 そこからアパートまでの数分の道のり、わたしは、鼻歌を歌いながら帰ってきたのです。
[PR]
by etsu_okabe | 2004-10-06 01:19 | 日々のこと/エッセー

天使が来た。

 先週買った天使、「菅原克己全詩集」が届いた。
 目を瞑って開いたページの詩の一篇を読んでみよう。ええいっ、パッ。

 289ページ『いつの間にか夏になった』より、最後の5行を。

  いつの間にか夏になった。
  おう、青い麦の穂波よ、
  涙がでそうだ、
  お前が、毎年、
  ちっとも変わらぬことに。

 たったこれだけの抜粋でも、たくさんの物語が頭の中を駆け巡らないだろうか。
 10年も20年も、夏になれば変わらずにそこに現れる麦の穂波に埋もれているわたし。辛いできごとに泣いたことも、悲しい別れに苦しんだことも、移ろう日々の中の小さなホクロくらいのものだ。それでも悲しいし淋しいし苦しい自分と、ただ逞しくそこに在る、麦の穂。再生する命に囲まれた、滅びていくわたし。
 ん〜〜〜、切ない。

 わたしにとって、詩の大きな魅力は2つある。ひとつは、その上を行ったり来たり引き返したり逆さに読んだりと、アクロバチックに堪能できること。そしてもうひとつは、その一部分を掬いとり、ポケットに入れて持ち歩けることだ。
 今日の5行も、しばらく持ち歩いて時々眺めよう。

 話は変わるが、栞に高田渡のインタビュー記事が載っていた(案の定、吉祥寺『いせや』にて収録)。「ブラザー軒」をレコーディングしたとき、ミキサーの人が感動して全く手を動かせなくなってしまったのだそうだ。
 文字で読む「ブラザー軒」もまた、格別。

 汚れてめろめろになりそうな本が、また増えた。
[PR]
by etsu_okabe | 2004-10-02 01:44 | 音・詩のこと