小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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ただ今燃焼中

 森山大道を追ったドキュメンタリー映画『ニアイコール森山大道』の最後に、森山さんが寺山修司から問いかけられた言葉について語るシーンがある。

「モリヤマダイドーよ、お前は写真で何を燃やすのか」

 写真でも絵でも音楽でも文章でも言葉でも、それらを使って表現をしようとするとき、それによって何かを燃やさなければ表現する意味がない。いや、でき上がった作品そのものよりも、むしろ燃やしたモノの方が作品の本質なのだ、ということだろう。
 いかにも寺山修司らしい言葉で、惚れ惚れしてしまう。

 ところで、燃やす、とは何だろうか。
 わたしはそれを「情熱」のようなポジティブなものと捉えることができない。それより、殺す、と置き換えてもいいような、後ろ向きな意味に捉える方が好きだ。
 例えば、寺山修司はあの膨大な文章で「過去」を、甲本ヒロトは平易な詩とメロディで「退屈」を、つげ義春は山も谷もない物語で「社会」を、めらめらぱちぱちと燃やしていたように思うのだ(今思いついた好きな人をピックアップしたので脈絡なし)。

 しつこいようだが去年までの約2年間、点火してもすぐショボショボと衰えて、ただくすぶらせているだけの日々を送ってきたわたしが、最近やっと奮い立ってきた。
 今燃やさなくてどうする!
 そういったわけでただ今燃焼中、ついブログの方がなおざりに。
(もちろん、ここでも燃やしたいんですけども、なかなか)
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by etsu_okabe | 2005-02-26 22:31 | 日々のこと/エッセー
『森山・新宿・荒木展』を見に行った。
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 森山大道とアラーキー。
 同じ職業に就きながら、片や「写真なんてしょせん複写さ」と冷めたく写真と対峙する森山大道。片や自らを「天才」と呼んで熱く写真に向かうアラーキー。陰と陽、静と動、CoolとHot。二人並ぶと全く正反対の印象を受ける。

 写真の好みでいうと、わたしは断然森山派だ。
 男の好みでいうと......これも森山派(ビジュアルで言ってんじゃありませんよ!)。

 展示の最後に、新宿の街をスナップしてまわる二人の映像が流されていたのだが、これがまた好対照だった。
 アラーキーは終始大声で喋りっぱなし。被写体を見つければそれについて何かひとこと言ってからカメラを構え、歩きながらは森山さんやスタッフに話しかけ、相手がいなければ独り言を言っている。いやおそらく、ビデオカメラの向こうにいるわたしたち観客に向かって語りかけている。
 一方、話しかけられて答える森山さんの声はマイクにかすかに届く程度。撮影中も移動中も殆ど喋らない。撮られていることに無関心。故にそれを観るだろう観客にサービスする気もさらさらない、という感じ。

 周りの人も観客も楽しまそうと気づかわずにはいられない「寂しんぼう」のアラーキーと、どんなときでもマイペースを崩せない「わがままぼーず」の森山大道。
 還暦過ぎのおじ様たちが、急にかわいく見えてきた。もちろん、実際の二人がどういう方たちなのかは全く知らない。わたしの勝手な妄想だ。

 で、そうした映像も観た上で、やっぱりわたしは森山派!(この道の果てで、火野正平が待ってる気がする......)

 おっと、わたしは今日写真展を見に行ったのである。写真もちゃんと、観た。
 たっぷり見応えあり。お勧めです。中で映画『ニアイコール(記号がでない)森山大道』と『アラキネマ』の上映もやっていて、900円とはかなりお得!

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アルカリブログ
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by etsu_okabe | 2005-02-18 01:23 | 日々のこと/エッセー

ハナレグミを聴きながら

 生きていること=恥をかき続けること、なわけだが、何が恥ずかしいって『自らの経験値以上のことを偉そうに言動に表してしまったとき』ほど恥ずかしいことはない。
 若い頃はしょっちゅう、この手のことで自己嫌悪に落ちていた気がする。聞きかじった程度の新情報をあたかも前からよーく知っていたかのように喋ったり、チンプンカンプンのハイレベルな話題に分かった風な意見を述べたり。
 自分ではうまくその場を乗り切ったつもりでも、相手はまるっとお見通しだ。わたしだって、文化人(て何者?)がテレビで言っていたことをそのまま自分の言葉にして熱く語るようなヤツを心底バカにしていた。だから、自分が見透かされていることも分かってしまう。で、激しく落ち込む。

 年をとるうちだんだん己の身の丈が自覚できるようになり、無理矢理それ以上のことをすることがいかに何も生み出さないかを学習した。大事なことは自分のキャパシティーを広げる努力ではなく、キャパシティーの中身を100%以上に満たす経験だ。そうして気がつけば、100%から溢れた分、ちゃ〜んとキャパは広がっている。
 こんなことが分かるようになるから、年をとるのは楽しい。強がりなどではなく、わたしは20代に戻りたいなんてちっとも思わない。

 憧れるのは、学習なんかしなくても、生まれたときから自分を知った上で自己表現ができている人だ。
 わたしの周りには、そんな人たちがたくさんいる。彼らと接していると、年齢や性別や人種やバックグラウンドなんて、吹き飛んでしまう。それはそれは気持ちのいい時間だ。

 この人も、きっとそういう種類の人なんだと思う。友達にもらった新譜をヘビーローテーションで聴いているが、どこを摘んでも「ナチュラ〜〜〜ル」で、それでいて人の心を揺さぶる力のある歌を書き、歌う。派手じゃないだけに、ものすごい才能だと思う。
 聴いているうち、なぜだか夏が恋しくなってくるアルバム。
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ハナレグミ/帰ってから歌いたくなってもいいようにと思ったのだ
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by etsu_okabe | 2005-02-14 00:23 | 音・詩のこと

新しいっていい気持ち〜


 家の中で電化製品が壊れると、どういうわけか続いて他の電化製品も壊れることが多い。わたしの場合はこれが電化製品だけに留まらず、皿茶碗などの小物から職場の備品、果ては男関係なんかにまで波及することがあるのでちょっとビビる。
 やっぱりこの世には何か得体の知れないエネルギーがあって、わたしたちをコントロールしているんじゃないだろうか。一通りのモノが壊れたあと、昔の恋人と尊敬する師匠に立て続けに死なれたときには、そう思わずにはおれなかった。

 そんなわけで、不穏なことが続いたこの2年あまりをきれーさっぱり払拭するため、引っ越しをしてみた。

 先月まで住んでいたアパートは、はっきりいって「気」が悪かった。これはわたしが感じたことではなく、家族や友人たちが口を揃えて言い続けたことだ。
 確かに「何も世話せずほっときゃ育つ」と言われた小笠原土産のハカラメが芽を出すのを拒んだ部屋だ。サボテンだってぐにゃりと首を折って死んでいった。そう言えばゴキブリも殆ど出なかったな。この世が滅亡しても生き続けると言われる世界一屈強な生き物にでさえ堪え難い「邪気」が漂っていたのだろうか。
「やはりこの部屋は気が悪いのか」。周りから何度も言われるうち自分でもそう思うようになったが、大家さんがいい人で更新料を取られなかったことや、引っ越し資金が全然作れなかったこともあって、気がつけば8年も住んでしまった。わたしと入れ代わりに出ていった女の子が結婚してできた子供が今年小学生になる、と引っ越しの日に大家さんに聞かされて、色んな意味で絶句。

 引っ越しにあたって、もー捨てた捨てた色んなものを捨てまくった。この狭い部屋によくぞこれだけのものを置いていたものだと感心、いや呆れ返りながら捨てた。邪気は部屋からではなく、意外とこういう「使わないくせに溜め込んだ無駄なモノたち」の怨念から発せられていたのではないかと思う程、何もなくなった部屋はさっぱりと気持ち良かった。

 新居も7割がた落ち着き、ネット環境も整い、あ〜やれやれ。と思った矢先の連休直前、一昨日(2/10)の夜のこと。
 愛用のiMac(最古のモデル)が、こと切れた。
「お前、新居までがんばって辿りついたのに、何故!? どうして!?」
 泣こうが喚こうが生き返らないMac。これが「気」のせいではないことを、わたしはよ〜く知っている。一年前に一度初期化して以来、ただの一度もノートン先生の診察を受けさせていなかった。ここ最近、起動の度に妙な音もしていたのだ。
 前記事に書いたように、テレビもCDコンポも処分してしまった今、Macがなくては耐えられない状況下にある。いやそれ以前に、Macでやらねばならない内職をたくさん抱えているじゃないかわたしは! この3連休にもやることどっさりあるんだぞ、どーするんだ! どーもこーもないっ。

 というわけで昨日、運搬助手に友人2名を伴って新宿まで走り、「本日入荷分、残り1台でーす」と店員があおる『Mac mini』とさんざん迷って結局『iMac G5』を購入。
 おニューのMacで初投稿してみました。

 いや〜新しいって気持ちいいっっ。
(まだphotoshopをインストールしてないので加工できず、でかいままアップ!)
      ↓     ↓     ↓
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by etsu_okabe | 2005-02-12 18:28 | 日々のこと/エッセー

小沢昭一的癒し

 やっと新居にネットが繋がった。
 引越しにあたり、テレビもラジオ付きCDコンポも処分してしまったので、この一週間家では“音無し”の生活をしていた。普段からテレビはあまり観ない方なので平気だと思っていたが、ラジオまでないとなるとさすがにつまらない。

 ネットが繋がって早速したのが、WEBラジオの番組探し。これまでも音楽番組は聴いていたが、今わたしが聴きたいのはとにかく「人の声」だ。
 検索して辿り着いたココでチョイスしたのは「小沢昭一的こころ」。ニヤニヤププーッと久々の小沢昭一を堪能しながら夕飯を食べた。
 そのあと若手お笑い芸人の番組をいくつか聴いたが、どれもこれも小沢昭一には適わなかった。これは小沢昭一がすごいのか、それともわたしのセンスが老境に入ってしまったのか......。深く考えるのはやめよう。

 とにかく、人の声は人を癒して安心させるのだということを知った週末。部屋はまだまだ片付かない。
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by etsu_okabe | 2005-02-06 00:37 | 日々のこと/エッセー