小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

<   2005年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧

脳みそエステ=BLUES

 a0013420_1501983.jpg15、6年も前のことだと思うが、横浜にバディ・ガイを観に行ったことがある。高名な外人ミュージシャンはドームや武道館や野外フェスティバルにしか来ないもんだと思っていたが、そこは狭いライブハウスだった。
 ライブの内容は何も覚えていない。唯一覚えているのは、終わったあとに入ったトイレで、化粧を直していた女の子が「バディに今夜ホテルに来いって言われちゃった!」とはしゃいでいたことだ。
 スケベな顔で演奏するギタリストというのは、もうそれだけで合格!なわたしだが、その上ステージから女をナンパするなんて、なんてかっこいいおっさんなんだと、ますます彼のファンになって帰ってきたのだった。

 ブルースの起源を思えば、それは絶望と切望とやけっぱちの音楽、ということになるのかもしれないが(いや全くそうではないかもしれないが)、日本人のわたしにとってブルースとは何かと問われれば、『それは脳みそのエステティックだ』というのが一番ぴったりしている。
 身体を揺らすのに丁度いいリズムは、全身オイルマッサージ。ああくればこうくるという安心感のあるコード進行は、凝りを揉みほぐす母心の指圧。そしてそれに絡む心地いいギターリフやハープのアドリブは、ピンポイントにぐぐっと効く鍼治療(鍼はエステじゃないですか)。
 そこに、鼻の下をなが〜く伸ばしたヤバそうな男が、エッチな声で「ベイビーお前にメロメロさ」などと囁くのだから、それだけで天国へ行けてしまうというものだ。

 書いていてだんだんバカバカしくなってきたが、ついさっき『LIGHTNING IN A BOTTLE』を観終わったばかりなのだ。ライブじゃなくて“ライブ映像”なのでエステ効果満点とはいかないが、それでもほどよくいい気分になっている。

 映画の中で、若きバディのライブにジミ・ヘンドリクスが観客として最前列を陣取っている映像が出てくる。頭の後ろでギターを弾いたのは、バディが先だったのだ。
 恍惚としてステージで暴れるバディを観るジミヘンの目は、口説かれている真っ最中の女のようにトロ〜ンととろけている。まるでブルースの虜。
 そんな風にこの音楽の虜になったミュージシャンたちが、何十人と会して開かれた大パーティ、それが映画『LIGHTNING IN A BOTTLE』だ。
 脳みそがコッてしまっている人に、おすすめします。


<追記>
 バディのことばかり書いてしまったが、わたしがこの映画で最も惹かれたのは、Macy Gray の『HOUND DOG』だった。
 抑え気味のハスキーヴォイス、シャイな性格が滲み出たステージング、それでいて、次第に高まる本人の興奮はちゃんと観客に伝播して、最後には会場全体を盛り上げてしまった不思議なパワー。
 彼女のことはな〜んにも知らないが、すっかりファンになってしまった。
[PR]
by etsu_okabe | 2005-09-24 15:00 | 音・詩のこと

縦の旅

a0013420_22153959.jpg 子供の頃、テレビなんかを見ながらふと「一億年くらい前、この場所で恐竜がいびきをかいて寝ていたかもしれない」という妄想でトロ〜ンとなることがしばしばあった。知恵も力も金も持たない子供の、小さな旅だ。横軸への移動ではなく、縦軸への移動。脳内ジャーニー。
 『アースダイバー』は、そんな時分の感覚を思い起こさせる一冊。
 著者の中沢新一氏が旅するのは現代の東京なのだが、手に持つ地図は縄文時代のもの。つまり氏は、土地から土地への横移動をしながら、深い縦移動を試みているわけだ。
 縄文の頃、東京はリアス式海岸のように入り組んだ入り江と岬でできており、岬は陸と海との「境」という意味で特別な場所として認識されていた。人が祀ってきたその“神聖”な場所が、現代にも影響を与えているという視点。なんというロマンチシズムだろうか。
 わたしは、オカルティックは好きだけれど信者ではない。でも、人の「信じる」気持ちが結集して紡ぎ出す絶対的なパワーは信じている。そのパワーが、縄文の時代から平成の現代まで垂直に繋がっているという考え方には、強い憧憬を抱かずにはおれない。
 わたしもまた、小さな『アースダイバー』となって、東京を旅したくなった。
[PR]
by etsu_okabe | 2005-09-04 22:16 | 日々のこと/エッセー