小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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暴力と音楽2

 昨日の記事の続き。
<気に入らなければクビにすればいいし、自分一人だけ気が合わないと分かれば去ればいい。なぜそうしなかったか。なぜスタジオでリンチに及ぶまでの関係になったか。>
 このあとに続けて書きたかったことが、もうひとつあります。

 彼らのHPを見ると、いじめが始まったとされる今年7月以降においても、メンバーは楽しく明るくライブやツアーの様子を書いている。被害者の日記もとても明るい。
 彼はあくまでも、「俺たちは仲良しバンドだ」という気持ちでいたのではないだろうか。

 上司によるパワハラが行われていたわたしの職場でも、明らかにメインターゲットになっていじめられているのに、嵐が去ると何事もなかったかのように上司に媚び「可愛がられている部下」を演じる同僚がいた。
 解雇された今でも、彼女はパワハラ被害については他の同僚たちと一緒に怒っても、自分だけが特に酷いいじめを受けたという認識は示そうとしない。
「○○さんは特に酷い目にあったものね」
 と振られても、キョトンとした態度。自尊心を保つための、ギリギリの自衛策なのだと思う。

 さてそこで、だ。
 彼女の立場に立ったとき、プライドをかなぐり捨てて「わたしはいじめられている」と公表できるだろうか。実のところ、わたしには自信がない。
 あなたは、どうですか?
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by etsu_okabe | 2005-11-30 01:59 | 日々のこと/エッセー

暴力と音楽

 音楽を愛する人に悪人はいない、などという幻想を持っているわけではない。ただ、近頃ライブハウスで見かけるバンドマンたちがやたらと“仲がいい”のを、ほんの少し驚きの目で眺めていたわたしとしては「バンドをやる子にこういう手合いもいるのか」と、意外な感想を持ったニュースだった。

>>スポニチ:バンド仲間に暴行でメンバー3人逮捕

 複数の人間が集まれば軋轢も起こるし、これといった理由がなくても好きになれない、反りが合わないという人間も出てくる。これが仕事の仲間なら、目をつむってこらえなければいけないこともあろう。プロのバンドであったなら、爆発するまで我慢しなければならないことだってあったかもしれない。
 しかし、こやつらただのアマチュアバンドなのだ。気に入らなければクビにすればいいし、自分一人だけ気が合わないと分かれば去ればいい。なぜそうしなかったか。なぜスタジオでリンチに及ぶまでの関係になったか。

 いい音楽を作り上げようという共通項でだけうまく繋がり合えれば、他で喧嘩しようが私生活が冷えていようが、バンドは成功する。トップに上り詰めた漫才コンビが歴代不仲であることは有名だ。
 このリンチバンドは、きっと「いい音楽を作ろう」などという集まりではなかったに違いない。なんとなく気が合いそうだから、あの楽器ができるからと集まって、音楽以外の様々な共通項(女やら遊びやら趣味やら)での繋がりを持ち、そこから外れたか、もしくは意図的に外された一人をイジメることでまた新たな共通項を得て、繋がって楽しむ集まりだったのだ。

 音楽を演奏していると、自分の意志とは関係なく何かしらの力が働いて、まるで演奏させられているような感覚に恍惚となる瞬間がある。観客にもそれは伝わる。そこでライブの一体感が生まれるのだが、バンドなどの合奏であれば、その恍惚感は何十倍も大きいものだろう。
 彼らにも、そんな力が一度でも降りてきたことがあるのかな。
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by etsu_okabe | 2005-11-29 21:55 | 日々のこと/エッセー

パワーハラスメント

 とうとう退職することになった。
 以前書いた通り、わたしが1年2か月勤めた職場には、暴力上司がいた。彼の暴力は、相手の人権を無視した過度な叱責、つまり「キレる」ことがまずひとつ。他に「解雇」をちらつかせる脅し行為、個人的な用事で部下を使う不当行為があった。この1年の間に、わずか7名の部署スタッフのうち解雇者2人、自主退職者4人を出したといえば、その尋常ならざる状況が分かっていただけるだろうか。
 例を挙げよう。

●気に食わないことがあると一人をターゲットにし、みんなの見ている前で立たせ、相手を「てめぇ」呼ばわりで叱責する。その際「俺をナメてんのか」「うらぁ!なんとか言え!」「殺すぞ!」などの暴言。
●休んだり席を外したりしてその場にいない部下を引き合いに出し「○○君には辞めてもらおうと思っている」と解雇をちらつかせる。わたしは全員について解雇対象であることを聞かされた(わたし自身も欠勤した日に言われていたそうだ)。
●日常的な発言「いやなら辞めろ」。
●ヤフオクで落札した品の銀行振込に、部下を行かせる(業務とは無関係)。
●自分の汚れ物をクリーニング屋へ出しに行かせる。
●特定の部下に、毎日弁当を買いに行かせる。
●懇親会の飲食代支払いに、部下のクレジットカードを使わせる。
●業績に応じて社から個人に対して出る賞金が入った場合、その何割かを自分に支払うよう示唆する。
●自分の思い通りに仕事をしていないという理由で、即日解雇。

 安っぽい2時間ドラマでも書かなそうな内容だが、全て実際にこの目で見てきたことだ。理不尽だと分かってはいても、その場にいると「No」と言えない。突発的に起こる「逆上」を恐れて畏縮しているうちに、いつの間にか笑顔で従順な奴隷になっている。なぜか。
 この上司、気まぐれに「ホトケ」になるのだ。
 DV夫から逃げても逃げてもまた戻ってしまう妻がいる。暴力を受けているときは殺したいほど憎んでも、そのあと泣いて詫びられ優しくされると、通常の何倍もありがたく幸せに思え、つい許してしまうという悪循環だ。
 同僚たちの中には、これと同じ状況に陥っていると思える者がある。上司が時折見せる「ホトケ」の態度、大袈裟に褒めそやしたり感謝したりする言動に、過剰に喜びを感じている節が見える。恐ろしいことだ。

 さらに最悪な上司の行為は、故意に部下同士を反目させたことだ。
「○○君と○○君がお前をどうしてもクビにして欲しいと俺に懇願してきている。しかし、それを俺が止めてやっているんだぞ」
 一人一人個別に呼び出してそんなことを言う。そのため、わたしたちはこれまで、同僚として正常な関係を築けずにきてしまった。

 最後の出勤日であった昨日、わたしはこのような上司の悪事の実態とそれに対する自分の意見を、初めて同僚たちに話した。するとその夜、彼らはわたしの「送別会」を開いてくれた。全員参加の自主的な飲み会は<初めて>のことだ。
 その席で、上司が個別面談で言った嘘が明白になった。ショックで口をきけない者がいた。それまで敵視していた同僚に謝罪する者もいる。
「この部署、あの人さえいなければ、こんな和気あいあいとできたんですね」
 一人がつぶやいた。

 それでも会社は、この上司にペナルティを与えることはしない。わたしたち下っ端はいくらでも取り替え可能だが、上司である彼は取り替え不可能だと考えられているからだ。
 実際、そうかもしれない。
 人間的に欠陥があっても、仕事はする。それなりの業績は出している。彼がいない状況で、わたしたちだけで同じ売り上げを維持できるかと言われたら、胸を張って「ハイ」とは言えない。
 パワーハラスメントが横行する大きな理由のひとつが、この現実だ。

 それでもわたしは、諦めたくない。会社に絶望はしているが、だからといってこんな暴力を許すことはできない。人が人を尊重するという「自然なこと」を自然にできる環境を求めることを、阻む「何か」があるのなら、そいつをぶっ倒したい。
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by etsu_okabe | 2005-11-24 00:16 | パワハラ

親の因果が子に報い

 新宿花園神社・二の酉前夜祭へ行ってきた。
 今年の目標は熊手ではなく、見世物小屋(昨年は熊手をいかに値切るか、がテーマだった)。

 参拝をさっさと済ませ、わくわくとのれんをくぐるとそこは朱色の異界。
 威勢のいい口上に呼び出されて現れましたるは、小屋のニューフェイス小雪太夫。赤いおべべに漆黒の髪をバサリと垂らし、不敵な笑みを浮かべております。
 この美しい少女、やおら上を向いたかと思うと鼻の穴に長い鎖をするする〜っと入れ、その端を口から出して、鼻と口でジーコジーコ引き合いまする。ひぇ〜。
「さあ、続けてこのか弱き乙女が挑戦いたします荒技!」
 口上に煽られて、小雪ちゃん、その鎖に水の入ったバケツを引っかけ、うんしょと持ち上げたぁ! いぃてててて〜〜〜。
 キラッと鼻水をしたたらせながら小雪ちゃんが退場すると、双頭牛のミイラや巨大ニシキヘビ(寒さでやる気なし)のお披露目。続いて子供騙しの手品。
 緊張が緩んできちゃったな〜と思い始めたそのとき、さあさまたまた大興奮の小雪太夫の登場だ。なんと今度は悪食の芸。首をもいだばかりの新鮮なシマヘビを、むしゃむしゃガリガリと食べまする。うげ〜〜〜〜。
 どよめきが引かぬ間に、とうとう出ました真打ち! 待ってましたお峰さん! 二十歳とも九十歳とも言うベテラン芸人、白装束でゆっくりと立ち上がりました。弟子の小雪太夫とは対照的にニコリとも笑わぬその白塗りの顔は、すでに妖怪の域。さあっ、さあさあさあっ、メインエベント人間火炎放射器だ!
 お峰さん、ぶっとい蝋燭からボタボタと垂れるロウを、大きく開けた口で受け取ります。入ります。ドボドボ入っております。まだか、まだか、まだ入るのか。若干呑んじゃいまいか。おおー、ほっぺたが膨らんでいく。満杯になるまで入れ続けます。そしてそれを、一気に、
   ブォーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
 吐きましたぁ〜〜〜〜! 一瞬にして小屋の中が火の海にいいいっっっ!!

 す、すごかった。

 花園神社のすぐ裏はゴールデン街。いつもならここで朝まで飲んだくれを展開するわたしと友人3人組。なぜかこの夜はネオンの下をスルー。珈琲貴族にてケーキセットを食べる始末。
 夜の9時、新宿で、このメンツで、ケーキセット! どんな毒気に当てられたやら。

※以下のブログにTBしてます。
風雅遁走!
delusive pen
見世物小屋で蛇女を見てきたよ!
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by etsu_okabe | 2005-11-21 21:33 | 日々のこと/エッセー
 a0013420_20191620.jpg以前にも書いたが、わたしの故郷の匂いはパン屋さんの匂いだ。父方の祖父の家が製パン業を営んでいて、父も母もそこで働いていた。盆や正月に親戚が集まれば、不思議な機械がたくさん置いてある広い工場が、子供たちの遊び場だった。
 小学6年生まで、わたしは毎週この店に通っていた。習っていたピアノ教室が近所だったので、土曜日のレッスンのあと店の二階にある部屋で、両親の仕事が終わるのを待っていたのだ。小さい頃にはよく遊んでくれた従姉も、中学に上がると部活や友達との用事で出かけている日が増え、妹と2人きりで待つことも多かった。
 テレビをつけっぱなしにして従姉の『ブラックジャック』や『エースをねらえ』を読みふけっていると、三角巾を被った伯母が玉子パンを持って上がってくる。ファンタオレンジと一緒に頬張る玉子パンは、子供だけで過ごすちょっぴり心細い週末の夕方に、じゅわっと沁みる幸せの味だった。

 そんなわけで、わたしがこの店で一番好きな「玉子パン」。懐かしい甘みのする皮(皮っていうのかな?)が、素朴なパン生地の上にしっとりと乗った菓子パンだ。
 今は生クリームをサンドしたりと色々アレンジしたものも売っているらしいが、わたしは断然バター。もともとバターがたっぷりきいているところに、さらにバター。これがたまらなくおいしい。
 最近この店がネット販売を始めたというので早速注文をすると、すぐに返信メールがきた。あの頃一緒に工場で遊んだ従姉からだ。初めてのネット販売にまだ不慣れで、色々大変そうだが頑張って欲しい。わたしにとってじゅわっと幸せの味がするパンなんて、この玉子パンしかないのだから。
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by etsu_okabe | 2005-11-13 20:20 | 日々のこと/エッセー
 a0013420_056895.jpgチャールズ・ブコウスキー。大好きだけれど、小説は数作しか読んでいない。作品よりも、作家に興味が向いてしまったせいかもしれない。
 この手の男に、女は滅法弱い。ダウンタウン松本が昔“ガキつか”で言っていたモテる男の定義「あたしがおらな!と思わせるやさぐれ男」、そのものがブコウスキーであろう(日本人代表はもちろん、火野正平!)。
 しかしわたしが最も惹かれるのは、そのやさぐれ度よりも、彼の視線だ。
 路地裏のドブ底から見上げるような、世の中の見つめ方。そこから紡ぎだす、ギラギラ輝く珠玉の言葉たち。それは泥まみれの真実であり、限りなくピュアな嘘っぱちなのだった。

 映画『Bukowski--OLD PUNK』で最も興味深かったのは、ブコウスキーが郵便局に勤めていた頃、自宅に小さな棚を作り、その仕分け作業の練習をしていたという下りだった。
 小説執筆と酒と女にしか興味がなく、食うための糧としてやむなく従事していた仕事。気の合う仲間もおらず、適当にサボったり一度は辞表を出したりと熱意の全くなかった仕事。それなのに、実はこっそりと自主練習するという<努力>を払っていたという彼の意外な一面は、手の届かない“地の底の人”というイメージ(もちろんこれは“雲の上の人”の対局という意味のリスペクト)から、彼をぐんと身近に感じられるエピソードだと思う。
 過酷な日々を送りながら、これほどまっとうでいられた彼の意志の強さに、わたしは圧倒される。報われぬままモノを書き続けているうちに神経を病んでしまう人が多い中、我らがブクはどんどん健康になっていったように思える。酒を浴びるほど飲んでも、女に失敗し続けても、書いたものがなかなかメジャーにならなくても、彼はあくまでも<健康>だったとわたしは思う。そしてそのことが、彼の最大の魅力なのだとも思う。
「あたしがおらな!」に女は弱いと言う。しかし、ギリギリのところで女が選択するのは、「あたしがおらな心配やけど、でも土壇場や修羅場ではあたしを抱えて逃げてくれる図太い男」なのだ。土壇場修羅場で泣き叫んでおしっこちびって揚げ句に自死してしまうような男は、正直、願い下げだ。
 彼のあの“味のある顔”には、様々な屈折が刻まれているように見える。しかし、それは笑っている。恨み言をつぶやきながら笑顔なのだ。わたしはそこに、強烈に惹かれる。

 ままならぬことを肯定しつつ、打破をはかる。そしてそれに成功する。そういう人に、わたしもなりたい。
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by etsu_okabe | 2005-11-03 00:56 | 映画/芝居のこと