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小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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ハッピバースデ〜

「バンドでピアノを弾くことになったんだ、教えてくれないかな」
 M君にカセットテープを渡された。
「楽譜、ないんだ。耳コピしてくれる?」
 車に乗り、カセットをデッキに突っ込んだ。それが、わたしとトム・ウエイツの出会いだ。
 トムのファーストアルバムにある「オール55」が、わたしに依頼された曲だった。

 家に帰り、ピアノに向かって久しぶりに五線譜を書いた。
 数日後、手書きの譜面を持って、M君とピアノの特訓をした。幼少に始めないと習得は難しいとされるこの楽器を、M君は覚束ないながらも、何日もかけて軽やかにモノにしていった。
 学校のクリスマスパーティのとき、普段控え目で大人しいM君が、賑やかな曲で突然わたしの手を引いて中央に躍り出て、わたしを抱き上げてくるくると回転した。彼はわたしのことが好きなんだな、と思った。とても素敵な瞬間だったけれど、わたしはそれに応えることができなかった。

 いよいよ、彼らのバンドのデビューのときが来た。
 その日、わたしは祝いの花束を持って、彼らが集合しているアパートへ行った。
 興奮したバンドのメンバーたちは、冬だというのに上半身裸になって、お互いの体に油性マジックでLOVE&PEACEなんて書きまくっている。
「飲む?」
 手渡されたワイルドターキーのボトルを、彼らを真似てそのままごくごくっと飲んだ。
「よぉし! 出発!」
 押し込まれた車に乗っているのは、全員バーボンの酔っ払いばかりだ。わたしは後部座席の真ん中にいた。左にM君、右にはギターのA君がいた。
 ライブ会場へ向かう時速80km以上の酔っ払い車の中で、右へ左へ体をもっていかれながら、あ、そうだ、明日20歳の誕生日だった、と小さく呟いた。車の中では、速度オーバーの警告チャイムをかき消すように、ビートルズやストーンズの大合唱が始まっていた。

 彼らのデビューライブは町外れにあるレストランを貸し切ってのパーティで、彼ら以外はみんな社会人の渋い大人バンドばかり(しかもブルース系!)の、とても素敵なライブだった。
 終ったあと、打ち上げの最後に出演者みんなでファミレスに寄った。
 酔い覚ましにコーヒーをちびちび飲んでいると、「あっ」と言ってA君が席を外し、戻ってくると「はい」とわたしに何かを手渡した。
「なあに?」
 受け取ったそれは、レジ横にある売店で売られているポケット絵本の「マッチ売りの少女」だった。
「なに、これ?」
「誕生日でしょ」
「あ!」
 時計をみると、0時を回っていた。実はこのとき、わたしはA君のことが好きだったのだ。彼には恋人がいたので完全な片思いだったから、心臓が踊りだすほど嬉しかった。
「え、なになに、今日誕生日なの?」
 今日出会ったばかりのお兄さんお姉さんたちが、ザワザワとこちらに注目した、かと思うと、なんと、数十人全員で、突然「Happy Birthday to You」を合唱し始めた。ミュージシャンの魔法なのか、リハもないのにハモっている。深夜のファミレスの一般のお客さんたちが、呆気にとられて見ているのが愉快で仕方なかった。

 12月21日。今日ふいに、21年前のこの日のことを思い出した。
 今夜はトム・ウエイツを聴いて寝るとしよう。
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by etsu_okabe | 2005-12-21 02:10 | 日々のこと/エッセー

立場の言葉

「あのマンションに住んだ人には、必ず災いが起こるそうだ」
 この言葉を、こっくりさんだのラブさまだのに夢中な小学生女子が言ったとしたら、「ははあん、学校で流行している幽霊話だな」で終る。
 ところが、これと全く同じ言葉を一級建築士が言ったとしたらどうか。すわ、耐震強度偽装マンション発覚か!? と大騒ぎになるだろう。
 同じ言葉でも、誰がどんな立場で発するかで意味は全く違ってくる。

 ネット上のとある場所で、先月退職した会社で強いられてきたサービス残業について、「労基法に基づいてきっちり請求をする考えである」というようなことを書いたところ、“法律家”という人から、こんなメールが届いた。
「残業代の回収は難しいかもしれません。ダメだと思った時点で「未払い賃金の立替払い」制度を利用してみてください」
 その人はネット上で法律家として身元をきちんと明かしている。<通りすがりのつぶやき>の類ではない、れっきとした“プロからのアドバイス”なのだ。
 しかしわたしは、そのメールを何度読んでもしっくりこなかった。サービス残業が違法であることは明白だし、わたしの手元には残業の証拠としてタイムカードまである。労基局からは「証拠さえあれば、請求可能」と太鼓判を押されていたので、なぜ法律の専門家である人が「残業代回収は難しい」という見解を出すのか、さっぱり分からなかった。
 その上、彼が勧める「未払い賃金の立替払い」というのを詳しく知りたいとググってみたら、それは会社の倒産時にしか適用されない制度であることが分かってしまった。ほんの1分の検索でだ。
「あなたはどのような理由で<回収は難しい>と言っているのか、また、推奨されている制度はわたしのケースには適用されないと思われるがどうなのか」
 という内容のメールを返信したところ、以下のような内容の応えが返ってきた。
「賃金については法令で定められているが、理屈を言ったところで任意に支払う企業であればパワハラを放置しなどしない。むしろ請求することで嫌みを言われるなど、あなたは2次的被害を被る可能性がある。「未払い賃金立替」についてはわたしの専門外だ。労基署が窓口だった気がする」
 ちなみに、このメールのサブジェクトは「えーと」だった。
 プロの法律家が「無知な市民を救済する」という態度で行ったアドバイスがこれだ。市民はおちおち、プロを頼ってなどいられないということだろうか。

 法律家は法律について、医者は病気について、シェフは料理について、決して、いい加減な情報や風聞の焼き直しを発信したり、推測での判断を事実であるかのように述べるなどという浅はかなことをしてはならない。そんな当然のことをできないなら、その職業に就いている資格はない。
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by etsu_okabe | 2005-12-19 00:49 | 日々のこと/エッセー
a0013420_322458.jpg週末、風邪で寝込んでいる間「あしたのジョー」一気読みを敢行。

幼少のみぎり、女子は鮎原こづえ(アタックNo.1)、男子はジョーの<ミーナ>をみ〜んな履いてた(鮎原及びミーナを知らない人は知ったかぶりをしておきなさい)。
ジョーの良さ、当時は全然分からなかったけど、後に寺山修司が心の恋人になったとき、かつて彼が力石徹の葬儀を上げたというエピソードを思い出して全巻揃えて読んで以来、ジョー。
なんかもう思い出しただけで泣けてくる、ジョーの生き方。力石の執念。紀子の選択。西の決断。段平の思い。ああそして、葉子の愛......。

数年に一度読むごとに、感情移入するキャラクターが変わるけど、今回は断然「矢吹丈」だった。ジョー、ジョー!

この漫画で一番かっこよくてクールなのは力石であって、主役のジョーではない。
ジョーはお調子者で、おしゃべりで、嘘つきだし、友達はいないし、わがままだしで、いいとこなんかない。
が。一度ボクシングというステージに立てば、そのアクタレ全てが竜巻に巻き込まれるようにして昇華され、『相手を倒す』という一点に向かってもの凄いスピードで噴き上がっていく。
読者はそれに気持ちよく引きずり込まれる。

力石との死闘の第一部ももちろんいいけれど、わたしは今回、その後の物語(対カーロス・リベラ〜ホセ・メンドーサ)にのめりこんだ。わたしが最近自問しているテーマ、

<わたしらしい生き方って何?>

の答えを、ジョーが体現してくれているように思えたからだ。
世間が「幸せ」と定義しているものと、本当に自分が望んでいること、そのギャップを無理矢理埋め合わそうとなどしない、いさぎいい生き方。

真っ白い、灰になる生き方。

読んでないヤツには「読め!」とは言わないけど「読んでみたら?」くらいは言いたい。押しつけたいくらい好きな漫画なのよ、ホント。
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by etsu_okabe | 2005-12-14 03:23 | 日々のこと/エッセー