小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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スマイルは愛、なのか?

 吉祥寺いせや本店に行く。
 汚れた白衣の店員さんたちがニコリともせず黙々と働く姿を眺めるのが好きで、ここではもっぱら通りに面した立ち飲みカウンターでビールと焼き鳥をやる。
 この店の無愛想なのは有名で、注文もよほど大きな声で叫ばないと聞いてくれないし、底に1センチに満たないビールを残した状態で「おかわり」を頼めば、むっつりと「ジョッキ空けて」と言われる。品切れの焼き鳥をうっかり注文すると「それ今日ない」と、まるで頼んだこっちに不手際があったかのような言い草ですっぱり斬られる。それでも誰も文句は言わない。言えないほど安い。

 カウンター越しの真ん中で、炭焼きの前にいつも陣取って焼き鳥を焼いている男性がいる。中にいる誰よりも無愛想に見えるのは、煙よけのゴーグルのせいか、両頬から顎にまで、顔半分を隠したヒゲのせいか。とにかく表情が見えない。顔が動くところを見たことがない。
 わたしはいつも端っこを陣取るので彼と対面することは殆どなく、いつもその達観したようなストイックな横顔を、見るとはなしに眺めながら飲んでいた。
 今日もいつもの端っこで、瓶ビールをやっていた。たまに会う常連のオジサマもおらず、話しかけて来るウザイ客もおらず、久し振りに一人ぼっちで頭を真っ白にしていい気分。初夏のような一日の終わりに、冷えたビールといせやのシューマイ、たまらない。
 ビールを2/3ほど飲んだ頃だろうか、例のゴーグルヒゲの男性が、汚れた皿を流しに出すために、珍しくわたしの正面に立った。一瞬目が合った、と思った途端、彼がちょこんと頭を下げた。
「うそ!」
 びっくりしながら思わずニコッと笑いかけると、なんと彼、ヒゲもじゃの顔をくしゃっと崩して、笑い返してくれた!

 小学6年の頃、クラスメイトに好きな男の子がいた。スポーツ万能な彼は女の子に大モテで、そのくせ奥手で、しかも隣のクラスの女子を好きだと言うもっぱらの噂で、私には全く勝ち目のない片想いだった。
 それでもわたしはなんとかして彼を振り向かせたくて、一晩中考えて思いついたのが「笑いかける」ということだった。「笑顔の素敵な女の子って、かわいい!」的な、少女雑誌か何かの影響だったと思う。
 翌日からわたしはことあるごとに彼を見つめ、一瞬でも目が合うとニコッと笑いかけた。彼から微笑み返しはなかったが、奥手だと知っているからそんなことは期待していない。とにかく根気強く笑いかけた。笑いの押し売り。笑いマシーン。
 さぞかし、不気味な女子だったに違いない。もちろん恋は成就しなかった。

 いせやの彼が笑いかけてくれたのは、店のスタッフが客に振りまく愛想としては当然のことだ。それなのに、『意外』というだけで、特別嬉しい気持ちにさせられてしまう。「愛想」というより「愛情」を感じてしまう。人というのは、本当に微妙なところで微妙なものを勝手に感受するものだ。
 とは言え、やたらめったら笑顔を振りまきその場を丸く納めるようなやり方は、誰にも愛を与えないということもまた、真実だと思う。
 愛のある笑顔だけを作れる人に、なれそうでなかなかなれない。
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by etsu_okabe | 2006-05-21 23:37 | 日々のこと/エッセー
 小さい頃から“鳴り物”に滅法弱かった。
 街でチンドン屋に出会えばどこまでもついて行ってしまうし、義足の傷痍軍人が奏でるアコーディオンには必ず立ち止まり(子供だから施しはしない)、母親から「見るんじゃありません」などと叱られたものだ。
 当然のことながら、色気づく頃になるとアイドルはミュージシャンになった。ギター、ドラム、サックス、ピアノ。どんな楽器でも、演奏するその姿に惚れ惚れしてしまう。
 色んなミュージシャンのコンサートに通いつめながら、いつしかわたしは気がつくと、演奏家の手だけを見るようになっていた。
 ギタリストの流れるような指の動き、ドラマーのバネのようにしなる手首、そして最も好きな、ベーシストが後ろを向いた時に見えるネックに添えられた親指(一種のフェティシズム?)......想像しただけで、トロンとなってしまう。
 音楽は、人に「恍惚」を与えるものだ。脳みその何かを刺激して、“気分”のところに影響を及ぼす。セックス・ドラッグ・ロックンロールと言うが、セックス・ドラッグ・ミュージック、が正しいと思う(わたしはクラシックだってぶっ飛べる)。だから、その恍惚を生み出す「手」にセクシャリティを感じることは、ちっとも不思議なことじゃない。
 以前小説の習作に、主人公の女がミュージシャンに「するり」と身体を割られてセックスに及ぶシーンを書いて、師匠ヤスケンにえらく褒められたことがある。
「ミュージシャンていうのは本当にこんな風に神業的にヤるんだよな! お前よく知ってんな! エライ(←師匠の口癖)! ウマい!!」
 もちろん全てのミュージシャンがそうだと言うつもりはないが、魔法のように音を紡ぎ出すあの手に抱きすくめられ、びっくりしている間にもうパンツを脱がされてた、なんていうのは容易に想像できるではないか(小説ですので、あくまでも!)。
 山男の次に惚れてはいけないのがミュージシャンだと思う。
 山男は山に持って行かれてしまう(遭難)から惚れてはいけないわけだが、ミュージシャンの場合は、女の側が演奏家という“人間”よりもミュージックに持って行かれてしまうから惚れてはいけない。ハーメルンの笛吹き同様、音にやられて人が見えなくなってしまう。だったらと耳を塞いでも、あのセクシーな手が見える。ならばと目を瞑れば、その瞬間にチュッとされちゃうじゃん(女子高生かわたしは...)!!
 というわけで、音楽家というのはこの世で一番セクシーな職業だと、わたしは思っているのです。
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by etsu_okabe | 2006-05-14 03:07 | 日々のこと/エッセー

女が選んでいるんだよ

 無理矢理レイプされたのでなければ、合意の同衾である。しかし、合意だからといって相思相愛というわけでもない。

 というような一夜があったとしよう。あくまでも想定のお話、詮索はしないように(このブログ、親類縁者に見つかってしまい、ヒジョーに書きにくくなった。笑)。

「俺、彼女いるんだ。知ってたでしょ?」
 ことが終ったあとに告白する野暮天。
 そんなこと聞いてないぞ、と言い返してやりたいが、女の方も実は大抵そのことを察しながら押し倒されているので、黙るしかない。「恋人います宣言」を高らかにされたあとで抱きつかれるよりはナンボかましか、などとつまらぬ比較で慰めたりして。
 さて、問題はそのあとだ。
 裸の肌をあちこち密着させたまままどろみながら、男はやたらと「彼女の話」をする。恋人への“懺悔タイム”だ。20代だったらゲンコでぶっ飛ばすところを、「怒り」などとうに越え「アホらしい」を軽くいなして「可愛い」と笑えてしまうのだから、大人になるというのは面白い。もちろん、男を小馬鹿にしているのだが。
 しかしその上、
「男っていうのはさあ、少しでも多く自分の子孫を残すためにあちこち種をまくのが本能なんだよな」
 などという語りが入ると、さすがに萎える。後悔させてくれるなと、拝みたくなる。
 こと性愛に関しては男はバカだというけれど、本当にそうかもしれない。
 男の性には「征服欲」があるという。それは女の特権である恍惚感にも匹敵するほどの快感であるらしい。それを満足させるために、男の思考はあくまでも「セックスとは、男が攻めて陥落させ、我がモノにした女を自由にすること」というふうに働くようだが(もちろんそうじゃない男性もいるのは知っている)、それは違う。

 少しでも多くの“いい子孫”を残すために、女が男を“選んでいる”。これがセックスの正体だ。
 
 やたらと種をまきたがる男たちの中から、女がちゃんと「選別」を行っているから、世界はここまで発展したのだとまで言わせてもらおうじゃないか。ま、わたしはまだ一人も残してませんけどもね。

 男たちよ。好きな女がいるのに他に気持ちが奪われることを後ろめたく思うのは「良心」かも知れないが、その呵責にさいなまれるなんておこがましいことだということを覚えておきなさい。
 あなたが他の女に心を奪われようが肉欲を奪われようが、起きたことは「俺がしちゃったこと」ではなく、相手の女に「選ばれた」ことなのだから、「やられた!」とでも思っていればいいのです。

 てなことを、大人の女は考えている。覚えておくと、一歩“いい男”に近づけるかもしれないし、近づけないかもしれない。それはあなた次第。
 こんなことを書くと、大人の女は皆、愛情のないセックスでも平気でできてしまうドライな動物のように思われてしまうかもしれないが、わたしのような情の深い大人は肉欲のあとに愛情が育ってしまう場合もあるので(大いにあるので!)非常にややこしい。ということも覚えておくと良いでしょう。ふっふっふ。
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by etsu_okabe | 2006-05-06 11:34 | 日々のこと/エッセー