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小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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わたしを離さないで

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運命、という言葉を随分使ってきたように思う。
しかしそれはいずれも、曖昧で不確かなものを指していた。
「あなたとこうなったのも運命よ」
「運命の人がきっといる」
「わたしって、そういう運命の下にいるの」
てな具合に。

この小説の土台となっている主人公たちの運命は、そういう類いのものではない。
うまれついての“確かな”、逃れられないものだ。
そういう運命を受け入れられず苦悩する小説は山ほど読んだが、最初から受け入れられている運命がこれほど淡々と語られるものを読んだことがない。
それだけに、ぬるま湯で茹で上げられていくような静かなまどろっこしさの中でその運命の根源にふと思い当たり、全身が総毛立つ。

読了後、そのまままた1ページ目を捲り返さずにはいられなかった。


『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ=著  土屋政雄=訳 早川書房
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by etsu_okabe | 2006-06-23 02:15 | 日々のこと/エッセー

難儀なり、男のプライド

 電車で席を譲って、初めて怒られた。

 渋谷に向かう井の頭線。わたしはドア近くの座席に座っていた。本を読んでいたので、乗り込む人の足下が視界に入る。
 そこに、おぼつかない足取りがよたよたとわたしの前に立った。視線を上げると白髪が見えたので、反射的に席を立つ。「どうぞ」というと、むっとした顔がこちらを軽く睨んだ。
「それはどういう意味だ? 年寄りに席を譲るってのはそれはあんた、年寄りに失礼だぞ!」
 年寄りに席を譲っちゃならんと言っている。ぽかんとしていると、
「まあまあ、譲ってくれたんだから素直にありがとうって言えばいいんだよ。年寄りに見えたんだからしょうがないだろう」
 隣に立つ連れの同世代のおじさまが、苦笑いしながらなだめ始めた。ああなんだ、年寄り扱いされたことが気に入らなかったのか。
「いやだ。俺は座らない」
「じゃあまあいいから、あなた、座んなさい」
 連れの方のおじさまに促され、なら遠慮なくと着席。
 お二人の顔をよくよく見れば、まあ確かに「年寄り」と言うには微妙。決して若くはないけれど、いつものわたしなら席を譲らない、まだまだ脂ぎった年代。
 ただこの二人、えらくご機嫌に酔っぱらっていた。その千鳥足を先に見てしまったものだから、つい足の悪いお年寄りだと思って席を立ってしまったのだ。
「そりゃあさ、俺たちはあなたのお父さんくらいかも知れないよ。でも70前の人に席譲るなんて失礼だ。ねえ、あなたお父さん何年生まれ?」
 つり革につかまってフラフラ揺れながら、おじさまが話しかけてくる。
「12年です」
「ほおら、やっぱり同じくらいだ」
 周り中に聞こえる大声で、さすがに恥ずかしい。
「井の頭線はね、昔はあのビッコ席に、人なんて座ってなかったよ」
「は?」
「ビッコ席って、優先席のことだよ」
 連れのおじさまが解説してくれる。ひどい言い方もあったものだ。
「それが今はだめだね。全然空いてないね。とにかくあんたね、年寄りに席を譲っちゃだめだ!」
 支離滅裂で何を言ってんだか分からない。生まれて初めて席を譲られたのが相当ショックで、悪酔いしてしまったのだろうか。悪いことをしたものだと思い「すみませんでした」と謝ってから、なんだか滑稽でついくすくすと笑ってしまう。おじさまたちも、最後はわはわはと笑っていた。

 でもしかし。途中下車した彼らの後ろ姿を見送ってから、突如むくむくと怒りが沸き起こってきた。
 おっさんのプライドか何か知らないが、他人の「好意」に対して、あんな言い草があるだろうか。年寄りか年寄りでないか以前に、あのおっさんは「大人」としてどうなのだ。座った途端にタヌキ寝入りする野郎どもと、大差ないじゃないか。

 乗り物で年寄りには席を譲らないと決めていた友人のその理由が、「一度譲ったら怒られたから」だった。それもやはり男だったという。
 きっと自分の子供たちには「お年寄りには席を譲りなさい」と教えているだろうお父さんが、他人の親切には「ありがとう」を言えない。感謝の前にプライドだ。呆れ果てる話ではないか。
 それでもわたしは、今後も席を譲ります。
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by etsu_okabe | 2006-06-18 03:29 | 日々のこと/エッセー

命がけ

 とあるバーで、スクリーンに海の映像が流れていた。
 あれはもしかしたら、まだ見ていない「DEEP BLUE」だろうか。店内を流れるおしゃれなBGMとはおよそ似合わない、海洋生物たちがひたすら捕食する様。逃げる小魚、追う鯨、狙う鳥。幻想的な青の中でそれらが入り乱れ、そのうち、どちらが食う方なのか食われる方なのか分からなくなる。

 くんずほぐれつの映像の下には、玩具のような色をしたカクテルを飲みながらもたれ合うカップル、ゆったりと雑誌を眺めている女性、けらけらと笑い止まない若い男の子たち。そして手持ち無沙汰で一人、時間潰しをしているわたし。
 そんな人間たちの憂いなどちゃんちゃらおかしいぜと、食う食われるの彼らに口があれば、きっとそう言うに違いない。毎晩午前様まで働き詰めで、目の下にクマを作ってむくませ、ご褒美ご褒美と飲み歩き、揚げ句に身体をぶっ壊す。いったい命を何だと思っているのだと、そう言うに違いない。

 人間以外の動物は、食べることに命がけだ。命をつなぐために命がけで別の命に突進し、死にそうになりながら命を飲み込んで、やっとこ数時間生きながらえる。厳しくてシンプルな“生”だ。
 それに引き換えわたしたち人間は、命を保管し命を増殖し命を加工し命をつぎはぎし、「おいしさ」という幸せのためにそれを弄ぶ。
 そうやってさんざん弄んだ命を、レジャー的に楽しみながら食べているのだから、そりゃあ身体も心も、多少複雑にできあがっていても不思議ではない。
 人だけが持つ悩みや苦しみは、案外こうした命レジャーへの無意識の後ろめたさから生まれているのかもしれないな。

 てなことを考えながらシングルモルトをぐいと飲み干し、おそらく一生何ものにも食われる心配のない世界へ、そろりと戻っていくわたしだった。
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by etsu_okabe | 2006-06-14 02:12 | 日々のこと/エッセー
 男と女の愛情の持ち方の違いは、箱の違いなのだと言う。女は大箱の中に過去の男から今の男まで全部詰め合わせにして持っているが、男はたった一人の女を入れた小箱をいくつも持っているのだと。
「だから、他に女がいようがいまいが、えっちゃんといるときには男の人はもうえっちゃんしか見えないの。一生懸命えっちゃんなのよ」
 この話をしてくれた友人が、力んで言う。何か気づかれた? あ、いやいや。
 それにしてもこの大箱と小箱の説、わたしにとってたいそう説得力のある話だった。余ったピースが次々とはめこまれていく終盤のジグソーパズルのように、頭の中でたくさんの事柄がパタパタとひっくり返ってクリアになっていく。

 自慢じゃないが、わたしは浮気をされたことがない。「トロいから気づかなかっただけじゃん」と言われればそうなのかも知れないが、「気づかなかった」は「されなかった」とさほど変わらない。
 で、これは自慢にもならないが、浮気相手になってしまったことは、ある。何度か。
 一度目は、最初から相手に妻がいることを知っていて、それでも好きで好きで、こちらからアタックした結果そうなった(後にも先にも、自分から男性に告白したのはこれっきり)。まだ10代のガキだったので許して欲しい。
 二度目は、相手から何度もアプローチされてだんだんその気になって、やがて愛情が芽生えて沸点に達し、ごく自然な流れで自分の全てを相手に投げ出したその直後、「実は俺、恋人がいるんだ……」という修羅場。このときは、今思い出しても吐き気がするほど苦しみながらもお互い離れられず、完全に立ち直ってスッキリと「恋人同士」になるまでに3年をかけた。結果的に「浮気」ではなくなったわけだ。
 三度目は、好意は持っていたけれどもまだ恋心も愛情も芽生えていない人から、恋人がいることを匂わされながらやんわり寄り切られてやんわりそうなって、ドロ沼も血しぶきも大炎上もなく、学校帰りの「バイバイ」みたいに別れてそれきりという、まことにつまらない顛末。

 でも、と思い返すのだ。
 色んな「浮気」があったけど、共通して言えることがひとつだけある。それは、彼らが皆、浮気相手であるわたしを少しもないがしろにしなかったということだ。
 今にして思うと、わたしはそれを不気味に感じていたのだと思う。大切な人がいながら、別の女性にサービスしている彼らの気持ちが理解できず、自分のことは棚に上げて、彼らの不実をなじったこともある。そして最後の最後まで、彼らの愛情を信じることはできなかった。
「あなたの愛情は、いったいどちらに注がれているの」
 息苦しさについ問い詰めると、男は決まって困惑顔で苦笑いをする。「どっちにも同じくらい愛情を持っている」などと言って火に油を注いだヤツもいる。「言っていい嘘と悪い嘘がある!」。えつ、大炎上(笑)。

 しかしそれも、大箱小箱の論理から眺めれば、あながち言い逃れでもなさそうではないか。
 赤い小箱と青い小箱、二つを両手に抱えて、ふたを開けている方に精一杯愛情を注いでいたのかもしれないと思ったら、ナルホドと合点がいく。
 わたしが苦しんだのは、彼がこっちのふたを閉めて別の箱を開けているときに、そうと気づかずあれこれ要求したときだったのだ。
 なんだ、そうだったのか。あの優しさは、本当の愛情だったんだ。
 と、合点はいったがそれでいいと思うわけでもない。
 わたしはやっぱり、たったひとつの「開けっ放し」の小箱でいたい。


 大箱のことも書いておこう。
 女は大箱に男を詰め合わせているので、いくら男が「たった一人の男になりたい」と言っても無理である。
 女がふたを開けて中を覗くとき、それはあなただけでなく、これまでの恋を全て眺めているのです。あなたは常に、過去の男たちの中の「一番新鮮な一品」として、いるのです(ふっふっふ)。
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by etsu_okabe | 2006-06-12 20:58 | 日々のこと/エッセー