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小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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 不思議な縁というのがある。
 今夜一緒に飲んだ相手、U君もそんな縁でつながった人だ。
 同い年のU君とは、数か月前に故郷で偶然、およそ20年ぶりに再会した。それも、わたしがたまたまほんの数分間立ち寄ったある場所に、彼もたまたま寄り道したという、奇遇としか言いようのない再会だった。

 U君と最初に会ったのは、高校生のとき。
 友人から、
「M校の男子に女の子を紹介して欲しいと言われたので、会って欲しい」
 と頼まれ、そんな気もないのに見知らぬ男子高校生と二人きりで会うことになった。
 当時も合コンはあったが(“コンパ”と呼んでいた気がする)、80年代、男子校女子校ばかりだったうちの田舎の方では、こんな風に「紹介制」で、いきなり二人で会ったりすることも多かった。クラスに一人くらい必ず、各中学校の卒業アルバムを持った遣り手ババァのような仲介人がいたのだ。
 ケータイも写メールもない頃の話、名前と出身中学しか相手のデータはない。たまたま当時の親友が彼と同じ中学出身だったので、早速探りを入れてみた。
「U君て知ってる? 今度会うことになったんだけど」
「何言ってんの! それって今まであなたに何度も話してきた、あたしの初恋の人じゃない!」
「うそ!?」
 親友の恨めしそうな視線に見送られながら、放課後、待ち合わせ場所へ行った。目指す県民会館前の時計下には、詰め襟に眼鏡の、ひょろ〜っと背の高いU君がいたのだった。
 何を話したのかは全く覚えていない。近くのマンションの1階にあった「Bass」という喫茶店で、アイスココアを飲んだ記憶だけある。
 そのあと、二度目のデートはなかった。まあつまり、お互いタイプじゃなかったわけだ。
 それから数年後のこと。
 友人が「海までドライブしよう」と電話してきた。男友達を連れて行くから、そっちも男の子を調達してこいと言う。恋人もいなかったので仕方なく幼馴染みを連れて行くと、友人が連れて来たのがU君だった。
「久し振り」
 くらいは言ったのだろうか? それとも、高校時代のデートのことはなかったことにして、しらんぷりで通したのだったか。記憶は定かでない。どちらにしろ、再び4人で遊ぶということはなかった。

 それから約20年。
 実際、これまで3度しか会ったことがないのに、たった二人でテーブルを挟むなんてあのデート以来なのに、緊張するどころか親近感が沸くのは何故なのだろう。と思いながらビールをぐいとあおると、
「俺もね、これまで親しくしたことなんてないはずなのに、何故か他の女友達とは違う距離感を感じるんだよ。もちろん<遠い>という意味ではなくて。不思議だよね」
 と、彼もビールをゴクリ。
「ねえねえ、もしかしたらさ、何代も前のあたしたちの祖先が恋人同士だったとか、大親友だったとか、そういう縁があったのかもよ」
「はははは、そうかもね」
 笑い飛ばされたが、わたしは半ば本気でそう思う。
 高校生のときと同様、この惚れっぽいわたしがこうして向かい合ってもエロチックな気分には全くならないのも(彼は男前だ)、そういう縁ゆえの気がしてならないのだ。

 高校生のとき、わたしがもう一度U君に会いたいと思わなかったのは、彼がものすごく真面目な人だったからだ。わたしは当時流行っていた「ツッパリ系」は苦手だったが、かといって真面目な人もつまらないと思っていた。忌野清志郎と結婚しようと思っていた頃のことだ(笑っちゃダメ)。何の改造もしていない詰め襟をビシっと着て、品のいい物腰で喋るU君の利発な佇まいは、チャランポランな毎日を過ごしていたわたしには、あまりにも不似合いだった。
 20年後の再会のあと、もう一度U君に会いたいと思ったのは、彼があの頃とちっとも変わっていなかったからだ。髪に白いモノが混じり、眼鏡の向こうの目尻には深い皺もある。しかし変わらず品のいい、利発な佇まいだった。あの頃持っていた夢を実現させて、素敵に歳をとっている。何よりそれが、わたしをはしゃがせた。
 彼には、わたしはどう映っているのだろう。20年前のわたしと比べて、どんな風に思うのだろう。
 会えて良かった。
 少なくとも、そう思ってもらえる人間でいたい。
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by etsu_okabe | 2006-07-11 00:46 | 日々のこと/エッセー

価値

 音楽を作っている友人から、自分のプロデュースしたものだと言ってCDを渡された。
「なになに? サンプル?」
 できたてホヤホヤの作品を、手に取る。
「いや、違う。売り物」
「あ、そうなの? で、これ開けて聴いてもいいの?」
「いや、買ってよ」
「……え?」
「千円」
 顔つきを見ると、ジョークではないらしい。不快。調理士の友達の家に遊びに行って突然ご飯を出され、「ハイ、2,500円」と言われたようなものだ。
「やだ。買わないよ。聴いたこともないものに、お金は出せない」
 きっぱりと言って、CDをテーブルに置いた。

 彼は、自分の作る音にかなりの自信を持っている。まだ20代だというのに独立し、音楽プロデュース業を始めたばかりで勢い込んでいるということもあるのだろう。チームで活動している中で、営業面での責任を負っているという辛いところもある。一枚でも多くセールスして実績にしたいという気持ちは、現在、完全独立を目指して仕事を請け負い始めたばかりのわたしには、痛いほどよくわかる。
 それにしても。

 精魂込めて作った作品に対して、まず最初に価値をつけるのは作った本人だ。どう扱うかでその作品の価値は決まる。
 一度もそのアーティストを聴いたことのない人間に、「友達だから」という“お情け頼り”の押し売りをするような作品は、つまりそういう価値だということだ。「音」じゃなく、「金」。
 わたしは、そんな音源には全く興味がないし、そんなものに払う金はただの一銭だって持ってない。
 例えば、長いこと応援しているミュージシャンが、作った音源を「いつもお世話になっているから」とプレゼントしようとしてくれても、わたしは絶対に買う。わたしにとってそういう価値のものだからだ。逆に、そう好きでもないミュージシャンの作品だったら、あっさりもらってしまうだろう、「いらないと突っ返すのは失礼だから」という理由だけで。

 CDを押し売りしてきた彼は、実は心根のいい青年だ。悪気がなく、誠実で、まじめで、気遣いが細かく、正直。だから友達になれた。そんな人だからこそ、わたしはその間違った行動に対して「No」とはっきり言いたかった。

「じゃあいい。聴いてみて、もしそれで良かったら、買って」
 少しがっかりした表情で、彼が言う。
「分かった」
 微妙な約束をして、結局CDを受け取ってしまった。とても積極的に聴く気になれない。
 それでも家に帰ってから聴いてみると、確かによくできた音源だった。でも、わたしの好きな音ではない。これにお金は払えない。んー、どうしよう……。

 次に会ったとき、わたしは彼を飲みに誘った。
「今日はわたしがご馳走する。でも、CDは買わない。とてもいい音源だったけど、わたしの好きな音じゃなかったから」
 そう言うと、彼は「うん。わかった」と言って、本当は飲めないお酒を「おいしいおいしい」と言って飲み、悪酔いしてしまった。
 ちょっと可愛そうだったが、分かってくれたものと信じよう。
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by etsu_okabe | 2006-07-06 23:51 | 日々のこと/エッセー