小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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 今年70歳になるミッキー・カーチスさんが36歳の女性を射止めたというワイドショー・ニュースを、ミッキーさんと同い年の母と一緒に、見た。
 人に訊かれればついこの間まで、
「恋愛対象年齢は、25歳から65歳まで」
と答えていたわたしだが、その日から「70歳まで」に拡大。
「一緒に飲んでても自分の話しかしないような若造に較べたら、思い切り楽しませてくれるこんなおじ様の方が、よっぽど素敵で恋愛対象になるわよ」
 訊かれてもいないのに言ったわたしに、母は力強く頷いた。

「若造」と言ったが、会っている間中自慢話しかしない20代や、ただの一度もわたしに問いかけをしてこない30代といったダメな男たちと、たまたま最近たて続けに接する機会があったので、つい出た台詞だ。年齢は関係ない。
 先日会った男の子は、女の子を紹介してくれと言うのでどんなタイプが好きかと尋ねたら、
「俺、向こうから誘ってくんないとダメなんすよ。デートとかも、こっちから誘ったら俺が考えなきゃならないじゃないすか。面倒なんすよね、そういうの。めんどいことは全部相手にやってもらいたい人なんで、俺」
と答えてきた。そこそこイケメンで空気も読めて友達がたくさんいたとしても、こんな男と恋愛をしたいと思う女は、少なくともわたしの周りにはいない。野生の動物だったら、こんなオスは一生交尾できないだろう。
 彼も20代だった。しかし、やはり年齢には関係ないことだと思う。

 ワイドショーを見てあらためて思ったが、男の魅力は「もてなし度」、これに尽きる。そこにいる女性をいかに気持ちよくもてなし、楽しませ、嬉しがらせるか。そのスキルの高さが全てだと言ってもいい。
 会った瞬間に「ナンパ目的」でメールアドレスを渡し、その後すぐに食事に誘ったというミッキー・カーチスさんの、あのちょっと助平そうで愛らしい笑顔をみれば、その高もてなし度ぶりが分かろうというものだ。

 かつて一年近くかけて口説かれ、「ああ、負けた」という感じで落とされたことがある。一年間、会うたびに何かしら褒められ続けて、落ちたのだ。この話をすると、女友達は皆「それ、いい~~~」と、身を捩って羨ましがる。
 相手が親子ほど歳の離れた人だったので、そのスキルを「年の功」だと考えてきたが、では「デートの中身を考えるのメンドイ」とう男の子が60代になったとき、ロマンチックに女の子を喜ばせているだろうかと言うと、全くそんな想像はできない。
 これは年齢というより「世代」の問題なのかもしれない。小説を読み、映画を見、詩を読んで、女をもてなす「男力」をこつこつ磨いてきた世代と、もてなしなど一切縁なく生きてきた世代。
 女をもてなすことを知らない男たちは、50になっても60になっても、大の字にふんぞり返ったまま、ほったらかしの女に臭い靴下を洗わせているような気がしてならない。少なくとも、ロマンスなど望めないだろう。
 いい歳になっても独りでいることの言い訳が始まりそうなので、この辺で。


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by etsu_okabe | 2008-02-21 22:54 | 日々のこと/エッセー

Blue Valentine

男女のことを書いてばかりいるが、実はバレンタインの思い出というのがほとんど、ない。
えー多分、皆無。
学生の頃から、この日に向けてヒートアップする友人たちを、若干恐ろしいような気持ちで見ていたような気がする。
バレンタインデーの、「解禁!」的な空気に、いまだに馴染めない。

わたしは好きな男の子がいても、バレンタインだろうが盆暮れ正月だろうが、自分からはっきり「告白する」ということはなかった。
決して奥ゆかしいわけではなくて、言葉で言うなんて野暮、とばかりに、態度で表現していたのだ(はっはっは!)。

バレンタインと聞いてわたしが思い出すのは、Tom Waitsの「Blue Valentine」と、Chet Bakerの「My funny Valentine 」。
どちらもマイナーコードで進行する、気だるい大人のヴァレンタイン。なーにがチヨコレイトだ! そんな甘ったるいもん、ガキに食わせとけ! 大人は黙ってシングルモルト。ってな気分にさせてくれる、いい歌だ。


※チェット・ベイカーは見つからなかったので、ハンサム・クリスのこれを。
 >>Chris Botti with Sting - My Funny Valentine
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by etsu_okabe | 2008-02-15 02:49 | 日々のこと/エッセー
 800人の男に対して、8人の女。その他の全世界の人類が全滅している。
 さあ、どうする?

 3連休最後の夜、映画でも観るかとGyao内をふらふらしていたら、80年代角川映画の大作「復活の日」を発見。
 ボロボロの草刈正雄が真っ赤な太陽にシルエットを浮かばせながら放浪するシーンは、当時何度もテレビで流されていたし、その衝撃性が話題になっていたこともよく覚えている。

 80年といえばわたしは中3か高1。まだお小遣いの余裕もない上に興味はロックばかりで、当然映画館に足を運んだりはしていない。
 というわけで、初めて観る作品。そのハリウッドばりにスケールのどデカいストーリーと、ほぼ全編英語で進んでいく日本映画らしからぬ作りと、オリビア・ハッセーのあまりの可憐さと……、色々感じるところの多い映画だったが、最も印象的だったのが、冒頭に上げた「男と女のバランス問題」のシーンだった。

 低温ゆえにウイルスの被害から逃れ生き残った各国南極基地の人々は、男800数十人に対して、女はたったの8人。その中の一人がレイプされ、問題は各国代表が集まる会議にかけられる。
「子孫を残す本能」を主張する男に対し、人としての尊厳と愛情の問題と、差し迫った現実を前にとまどう女たち。それでもその異常な数のバランスの前に、もはや一対一の関係を築くのは不可能であろうという結論を出す。まず、これに絶句。
 次のシーンでは、女達が赤ん坊を抱いている。男達は「あの赤ん坊は俺に似ていないか」と言い合いをしている。次の子供を産める体になった女(オリビア!)には、次の男が準備されている……。またまた絶句。
 男達全員を平等に満足させようと思えば一人の女が100人以上を相手にしなければならないわけだが、女たちは慰安婦ではない。ここではあくまで「子孫を残す」ことが目的とされているので、男の性欲とは切り離されて描かれてはいる。しかし、男の「本能」とは決して理屈の子孫繁栄ではなく、のっぴきならない「性欲」だろう。
 順番の回ってこぬ男たちの不満はどう解消されたのか。女たちはどのようにこの体制を受け入れたのか。子供のできない女性はどうなったのか。気になるところがあり過ぎて、気持ちがむずむず落ち着かない。

 かつて実際に起きた事件で、アナタハン事件というのがある。
 戦時中、アナタハン島という孤島に日本人男性30名と女性1名が取り残された。この女性を巡って島ではいくつもの殺人事件が起き、およそ5年後に救助されたときには、男は19人しか残っていなかった、という事件だ。
 島ではこのたった一人の女性を守るために、話し合いの末、夫を決めて結婚させるなど対策をとったが、結局殺戮が繰り返された。最後には、元凶である女性までもを殺そうとする計画があったという。

 このような究極の事態になったら、女は本気で感性を研ぎ澄ませ、残すべき種を選定するような気がする。もしかしたらそこには、尊厳も愛もないかもしれない。愛する男が病弱だったら、すまんと手を合わせて頑強な男の種を仕込もうとするのではないか。どんなに腕っ節の強い男に脅されても、優しい性質の男を選ぶのではないか。
 野良犬のメスは、戦闘的なオスより大人しいオスを選んで交尾する、というのを聞いたことがある。メスは、次の時代を設計しているのだ。

 復活の日の8人の女性たちは、自分たちで男を選んでいるようには描かれていなかった。原作も男で、監督も男であれば仕方なかったのか。
 女達に選ばれようと死に物狂いで画策する男達の悲哀、なんてのが描かれていたら、点数はもっと上がったはずだ。
 この話題で、誰かととことん語り明かしたくなった。

『復活の日』★★★☆☆
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by etsu_okabe | 2008-02-12 03:51 | 映画/芝居のこと

ラテンの哀愁に酔う

 以前Gyaoで配信しているのを何の気なしにクリックしたら、そのまま100分画面に釘付けになってしまったミュージック映画「Calle(カジェ) 54」。

 もう一度観ようとしたら、すでに配信終了。仕方なく、それだけでもゴキゲンなTrailerが観れるオフィシャルサイトにアクセスすると、それもいつの間にか閉鎖されていた(すっごくクールなサイトだったのに~!)。
 こうなると、観たい欲望に拍車がかってしまう。で、DVDを買ってしまった。

 2000年に作られたこの映画は、そうそうたるラテンジャズ・ミュージシャンたちの名演をニューヨークで撮ったもの。タイトルの「Calle 54」とはスペイン語で「54ストリート」の意味で、ニューヨークラテンの聖地、マンハッタン54丁目にちなんでいるそうだ。
 発表されると、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブに並ぶ!」とか「いやそれ以上だ!!」とか、通な音楽ファンにはかなり称賛され、いくつかの映画賞も受賞している。しかし恥ずかしながらわたしは、この作品のことをちーとも知らなかった。それどころか、出演ミュージシャンはミシェル・カミロしか知らなかった。

 そんなわたしが衝動的に大枚(フリーになったばかりで貧乏です)はたいた一品の断片が、Youtubeに載っていたのでおすそわけ。


michel camilo(神業的なピアノプレイに息を呑みます)
Chano Dominguez(魅惑のフラメンコ・ジャズ!)
Bebo & Chucho Valdes(なんだか泣けてくる、親子の名演です!)
Eliane Elias(女も惚れる、色っぽさ)
Tito Puente(ベロがちょっとヤダ。でも圧巻のプレイ)


 ラテンミュージックというと「情熱」とか「陽気」というイメージがあるが、わたしが惹かれるのはじっとり湿度の高い哀愁だ。開けっぴろげなボサノバやサンバより、内に秘めた情念をめらめらと燃やすタンゴやフラメンコに魅力を感じる。脳天気に生きているようで、実は根は暗いのだ。

 生の音を聴きたくなって久し振りにブルーノートのWebサイトをチェックしたら、↑に出てくるイリアーヌ・エライアスが、今月演るではないか! これって運命? 行っちゃおうかなー。
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by etsu_okabe | 2008-02-09 05:03 | 音・詩のこと

誰も渡れぬ川なれど

 前回に引き続き長谷川きよしのギタースコア探しをしていたら、また音が聴きたくなってYoutubeに入り込む。

「黒の舟唄」。
http://jp.youtube.com/watch?v=aUOxA5vYsXY


 よく知っている歌だが、こんなスゴイ歌詞だったとは知らなかった。↓


  男と女の 間には
  深くて暗い 川がある
  誰も渡れぬ 川なれど
  エンヤコラ 今夜も 舟を出す
  Row and Row
  Row and Row
  振り返るな Row Row


 恋をするたびに、男にがっかりしてきた。決して男運が悪かったわけではない。「その男」にがっかりしたのではなく、「男の本質」にがっかりしてきたのだ。

 以前、作家の桐野夏生さんがどこかで書いていらして、思わず膝を打った記事がある。精神科医の斉藤環さんから「男は所有を、女は関係を求める」と言われ、それまで見えなかった男と女のすれ違う境目が見えた彼女が、その目を通して男女について語った内容だった。
 例えば性関係の場合、男はセックスそのものを「所有」することを求めるので、一夜限りでも満足できる。しかし女は、体を合わせた限りは「恋人」もしくは「夫婦」というはっきりとした「関係」を要求する。
 なーるほど! 本当にそうだ。あんなことやこんなことが、走馬灯のようにくるくると……うぉっほん。
 あまり思い出すと腹が立つので、象徴的な男の台詞を一つ。パートナーがいるのに他の女に手を出す男の決め台詞だ。

「お互い大人なんだからさ、割り切った関係ってことで……」。

 これほど人を馬鹿にした台詞もない。面と向かって言われた女はもちろん、何も知らない男の恋人や妻も、相当馬鹿にされている。こんな男は恋人や妻とも「割り切って」つきあっているとしか思えない(怒!)。

 と、女は思う。「関係」の視点から考えるからだ。

 ところが、男はこれまで集めたコレクションを手放さずに愛でたまま、新たなものも所有できる、したがる生き物らしい。理解はできないが、そう考えると辻褄が合うことが多い(笑)。
 それでも女は思うのだ、所有には限界があるだろうと。大事なモノは内ポケットに入れられて、そうでもないものは尻ポケットに入れられて、入りきらないものは時々置き忘れられたり、捨てられたりするのだろうと。
 同じ所有されるなら、内ポケットに入りたい。女は必ずそう思う。だから「●●とわたしのどっちが大事なの!?」などと男に詰め寄って、自分の立場をはっきりさせようとする。どうしても「関係」の呪縛から逃げられない。
 しかし、港港に女を作るのが男。ポケットの数など問題ではない。ポケットなんか空っぽにして、右を向いてギュッ、左を向いてチュッ、としながら社会生活を送るのが、男の本質なのだ。

 分かった風なことを言ってみた。
 ああしかし理屈では分かっても、わたしは女をやめられない。そして、好きになる相手はどうしても男だ。
 決して渡れぬ川なれど、エンヤコラ今夜も舟を出す、のだ。
 沈没しそう……。


  たとえば男は あほう鳥
  たとえば女は 忘れ貝
  真っ赤な潮(うしお)が 満ちるとき
  なくしたものを 思い出す
  Row and Row
  Row and Row
  振り返るな Row Row


※「黒の舟唄」能吉利人作詞・桜井順作曲


 スコアはいまだ、見つからず。
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by etsu_okabe | 2008-02-07 21:34 | 音・詩のこと

別れのサンバ

長谷川きよし。
今日までこの人を、知らなかった。

ある人から、このミュージシャンのギタースコアを探して欲しいと頼まれ、ネットサーフィンしてるうちに、これを拾った↓

■長谷川きよし「別れのサンバ」

渋みの効いた色気のあるメロディー。聞き覚えがある。
調べてみると、どうやら様々なミュージシャンがカバーしているようだ。音楽家を刺激する魅力のある曲なのだろう。

いい音楽には、「聴いていると眠ってしまう音楽」と「聴いていると覚醒してしまう音楽」の2種類があるが、「別れのサンバ」のギターは、覚醒の方。
ここのところ乱れ気味の心を、いっそうかき乱された。
(椎名林檎とのコラボ、これにもゾクッ⇒「灰色の瞳」

ところで、スコアは一向に見つからない。
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by etsu_okabe | 2008-02-05 06:29 | 音・詩のこと