小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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 長編小説『生き直し』が、双葉社から出版されました。
 テーマは「いじめ」と、いじめ現場における「傍観者」です。
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【帯文】
 あの子をいじめから救って、わたしは地獄に堕ちた-------
 利己主義と傍観者の「罪」を抉り、人間関係の「痛み」を炙り出す。

 同窓会出席のため、高校卒業以来およそ20年振りに第二の故郷・火海町を訪れた、相原真帆。
 真帆は東京の小学校では、毎年学級委員を務める優等生だった。担任から頼まれてクラスのいじめもなくし、学校中で讃えられ、自信に輝く道を歩んでいた。あのメモとともに、自殺が起きるまでは……。
 一転、糾弾の的となってしまった真帆は、逃げるように火海町に越してきたのだった。だが、転校先のクラスの"パワーバランス"を拒絶した真帆は、またも理不尽な仕打ちに苦しみ------

       *  *  *  *  *

 かつて、パワーハラスメントの事例を集めるサイトを運営していた関係で、いじめ問題を取り上げたイベントに参加したり、いじめ被害者から話を聞いたりする中で、わたしがずっと心に引っかかっていた「傍観者」という立場。
 これを小説に書きたくて作品にしたわけですが、うまくいったかどうか、いまだに自分でもわかりません。最後の最後まで悩み抜いて、担当編集者さんとともに、時には厳しいやりとりもしながら書き上げました。
 
 ご興味を持たれましたら、ぜひお買い上げください。よろしくお願いいたします。
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by etsu_okabe | 2013-09-19 09:02 | 小説作品
 『わたしの可愛い人 シェリ』をDVDにて鑑賞。
 19世紀、ベルエポックのパリ。高級娼婦を引退し、悠々自適に暮らすレアと、息子ほど歳の離れた若い男シェリの、愛憎の物語。

 錚々たるセレブリティの著名人や名士たちと浮き名を流し、渡り合ってきたレア(推定40代半ば)は、19歳にして放蕩の限りを尽くしたシェリにとって、洗練された理想の女。軽い気持ちで恋人となった二人は、思いがけず6年もの歳月をともに過ごすが、やがてシェリには若い娘との縁談が持ち上がる。
 高いプライドゆえに、シェリを手放すレア。しかし心は張り裂けんばかりで、一人傷心の旅に出る。おそらくもう50代に入っているだろうレアは、それでもまだ色の衰えはなく、シェリと変わらぬ若い男に言い寄られて自信を取り戻すが、シェリを忘れることはできない。
 一方シェリも、若いだけで知性も面白みもない若妻に魅力を感じず、レアへの恋慕に苦しむ。
 レアが旅から戻ると、シェリはレアの元へ戻る。狂喜するレア。しかしそのレアの振る舞いは、シェリにとって幻滅させられるものだった。
 シェリの態度から、愛の冷めたことを察するレアは、再びプライドを取り戻し、彼を妻の元へ帰す。

 去っていく若い恋人に、レアが最後に放つひと言、
「ここにいたのは、老いた女だったのね」(確かそんな台詞だったと思う)
 この言葉で、観客であるわたしたちは、一瞬、レアの悲劇が「老いによる衰え」であると思ってしまうが、それは違う。シェリが幻滅したのは、プライドを捨てて自分にしがみつこうとした、レアの弱味なのだ。シェリが愛したのは、いつでも凛として誇り高く、そのうえで美しいレアだった。
 しかしまあ、そのレアの弱気の源泉は、確かに「老い」だ。

 印象的なシーンが、ふたつある。
 ひとつは、若い妻を娶ったもののレアへの思いを断ち切れず、家から出たシェリが、酒場で声をかけてきた老女のたるんだ首を見て、怖気を震う場面だ。そこに、レアが持っていたのと似たパールのネックレスがかかっているのを見て、シェリは老女にレアの姿を重ねたのだ。
 次の瞬間、老女はパールをつまんで「これはイミテーションだよ」言って下品に笑う。つまり、この老女はレアではない。レアがレアのまま老いても、その老女にはならない。シェリにはそれがわかっただろうか。
 もうひとつは、レアがお茶会の席で、自分と変わらぬ歳の元高級娼婦仲間が、若い恋人を侍らせているのを見る場面。豚のように太った中年女が、あられもなく大声ではしゃいで、どう見ても不釣り合いな恋人にキスを迫るその醜い様に、レアは自分とシェリの姿を重ねて、鳥肌を立てる。
 このカップルも、レアとシェリの姿ではない。このカップルが無様なのは、女が中年で男が若いからではなく、二人がただ下品だからだ。
 それなのにレアは、そしてまたおそらく観客も、そこに己の「醜悪さ」を見つけてしまう。いやもっとはっきりと言えば、「女が老いることの醜さ」を見つけてしまう。

 「老いる」というのは、ただ歳をとって醜く変化していくってことではない。誇り高く老いることも、輝かしく老いることも、美しく老いることだってできる!
 と、拳を振り上げたいところだが、この映画を観終えて、どうにも拳が重たくて持ち上がらない。この映画は、女に対してなんて意地悪な描き方をするのだろう。
 
 レアはシェリを手放したのち自殺した、とナレーションが入って、物語は終わる。
 どれほど歳をとろうと「女」として生きたい女の末路としては、あれ以外にはないのだろうか。哀れまれるより、死、なのだろうか。それがあの時代、花のように生きた女の最期として、ふさわしいのだろうか。
 どろっとしたものが胸に残ったが、原作を読みたくなる映画だった。
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by etsu_okabe | 2013-09-02 10:13 | 映画/芝居のこと