小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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トレンチコート

 10年以上、バーバリーのトレンチコートが欲しい欲しいと言い続けて、買えずにいる。
 洋服箪笥には、35年前に死んだ父の遺品であるバーバリーのトレンチコートが、処分できずに吊られている。レディースに仕立て直せないかと専門店に相談してみたこともあるが、そんな手間賃をかけるなら新品を買った方がいいと言われた。

 トレンチコートのルーツが軍服だというのを、最近知った。「トレンチ」とは、「塹壕」という意味だという。
 塹壕外套。と言われてしまうと、あまり着たくないような気にもなるが、しかし、やはりあのデザインは魅力的である。そう言えば子供の頃、戦争映画を観ていてナチスのコートをカッコイイと思っていたっけ。まあ、戦争というのはいつの時代でも、芸術的モチーフとしてのなんらかの力はあるものだ(もちろん、戦争反対ですけど)。

 考えてみると、「機能」をつきつめて生まれたデザインというのは、男の子が持つマシン系のモノへの偏愛と、女の子が持つ綺麗なモノへの偏愛の、交差点なのかもしれない。「美」という円交差。

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by etsu_okabe | 2014-03-27 22:26 | 日々のこと/エッセー
『東電OL禁断の25時』をKindle版で読む。

 あの事件がいまだにわたしの心に棲み続けるのは、被害女性の背景に潜む"負の要素"に見つける自分との共通点が、年を重ねるごとに、石を積み上げるように少しずつ増えているからだと思う。
 たとえば「長女」、たとえば「敬愛する父親の喪失」、たとえば「適齢期をとうに越えた独身」、そして「女であること」。

 この本の著者の場合は「ホテトル嬢をしていた」という共通点を持つ。それも、ある時期同じ事務所に所属していたという、濃度の高い共通点だ。
 そんな著者が被害女性に思いを馳せて書くのは、どん底視点から観る、被害女性の心情。それは、おぞましさに眉をひそめながら指を舐め、清潔な障子を突いて空けた穴からは決して見えないものだ。唸りながら読んだ。
 そして本を閉じると、たった数ミリでも「高い位置」から他人を見下ろすことで悦に入る、そんな人間関係の中で、蟻地獄のすり鉢の砂を掻き掻き生きるわたしたちを、昼は輝かしき天上から、夜は穴の底の泥沼から、『東電OL』という偶像になる前の彼女が、嘲笑いながら眺める様が目に浮かんだ。
 わたしはまだ何も知らないし、わかっていない。


※10年前にこんな記事を書いていた。>>渋谷・円山町の気配に惹かれて




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by etsu_okabe | 2014-03-20 20:02 | 日々のこと/エッセー

ストレスと晩酌

 半月ほど前から『中心性漿液性網脈絡膜症』という目の病を患っている。働き盛りの男性が罹患しやすい、過労やストレスが原因の病気だそうだ。
 症状としては、わたしの場合、左目の見えにくさがしばらく続いたあと、ある日突然、視界に黄色く丸い一枚のレンズのようなものがあらわれ、その向こう側が全て歪んで見えるようになった。右目をつむってしまうと、左目だけではほぼものを判別できない。本の文字などは、無精髭が踊っているような感じ。
 大学病院で検査を受け、病名がわかり、ひと月様子を見て自然治癒の見込みがない場合はレーザー治療を、ということになった。

 それから間もなくして、覚えのある腹痛に見舞われた。これまで何度も経験している胃腸炎の前兆である。
 七転八倒の発作だけは避けたいので、あわててかかりつけに飛んで行き、薬を処方してもらった。今もまだ、しくしくの痛みは続いている。

 今年に入って、気を揉むことがいくつかあった。
 まあきっとあれのせいだろうと察しはついていて、心の中ではすでに整理もついているので、あとからきた体の反応はお荷物でしかないのだが、自分の体なので面倒をみるしかない。

 わたしは神経は図太いくせに、ストレスには案外弱い。
 小学四年生のとき、市だか県だかの合唱コンクールでとても難しいピアノ伴奏を任され、リハ期間に何度か腹痛を起こしたあげく、本番の朝、家でさらっている最中に鼻血を出して、衣装の白いブラウスを汚してしまった。
 しかし、本番ではまったくあがることはなく、学校の音楽室で演るように、平気の平左で軽やかに弾ききった。そこがわたしの神経の太いところだ。そういうところでは緊張しないのだ。
 胃痙攣持ちになったのは、思春期初期の小学6年からで、それは今でも続いている。それがこじれて胃腸炎になったのではないかと、これは素人の推測だ。
 二冊目の本を出すとき、そのプレッシャーに人間関係の悩みがかけ算されて、睡眠障害になってしまったこともある。今は完治したが、あれもストレスだろう。

 とまあこう書くと、心の繊細なか弱き女のようだが、こうしてストレスをちゃんと感知して、信号としてすぐに報せてくれるわたしの体は、なかなかよくできていると思う。
 溜め込んで溜め込んで、がっくりいってしまうより、すぐにお腹が痛くなって「だめー、休む〜」と言わせてくれるほうが、良いにきまっている。

 さて。
 今回ストレスに対して、目とお腹に赤信号が点いたということは、つまり目とお腹を休ませなさいということであろう。しかし、仕事をする限り目は休めさせられない。
 そこで、せめてお腹だけでもと、ここ数日晩酌を控えているのだが、わたしの何よりのストレス解消は晩酌であるという矛盾と、どう向き合えばよいのだろうか。

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by etsu_okabe | 2014-03-01 13:32 | 日々のこと/エッセー