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小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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 現在発売中の『読楽』3月号(徳間書店)に、短編小説『海の見える窓』を寄稿しています。
 わたしには珍しく近未来を舞台に、独りで年老いた女性の死生観を綴りました。主人公の女には、自分の未来を投影していますので、思い入れもひとしおです。
 小川メイさんのイラストが、小説の内容にぴったりで素敵。

 今号では『大藪春彦賞』の発表がされています。
 受賞作のひとつ、青山文平さんの『鬼はもとより』は、ちょうど今読みかけている本。気持ちが盛り上がって、先がますます楽しみに。
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by etsu_okabe | 2015-02-23 19:37 | 小説作品

あの日の松江

 『幽』第22号の小泉八雲特集を読んでいて、昔、一度だけ訪ねたことがある松江を思い出している。目的は、島根県立美術館で開催されていた、森山大道の展覧会だった。
 わたしは当時、彼の写真だけでなくエッセイ『犬の記憶』に魂を奪われており、恋人にも写真を習わせるくらい気を狂わせていた。その勢いで彼と二人、島根へ飛んだのが、今調べたら2003年だった。出発の日は、羽田空港で大規模なコンピューター故障があり、数時間飛行機に閉じ込められた。
 なんとか松江に着き、展覧会も無事観終え、ホテルに向かうために乗ったタクシーで、旨い地酒を飲める店はないかと尋ねると、連れていってくれたのが、運転手の馴染みらしい、ママが一人でやっている小綺麗なスナックだった。「スナック…?」と訝しんだが、ママは近所の寿司屋を予約してくれ、リーズナブルで美味しい地元の魚をたらふく食べた。
 スナックに戻ると、極上の地酒が待っていた。気づけば、さっきの運転手も客としてそこにいた。ママは東京の人で(しかもうちの近所で)、「いろいろあって」松江に流れて来たという人だった。
 明日は半日しか時間がないと言うと、ママと客達が、寄ってたかって観光場所や食べ物屋を教えてくれて、翌日わたしたちは、たいそう充実した半日を過ごして帰京したのだった。出雲大社ももちろん行った。
 12年も昔のことなのに、そしてどこにもメモも残していないのに、よほど嬉しく記憶に残っているのだろう、これを書きながら、スナックの店名が『しらさぎ』だったことを思い出した(今ググってみたが、食べログにも載っていない)。
 恋人とは、その一年後に別れた。『犬の記憶』は貸したままだ。
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by etsu_okabe | 2015-02-22 23:59 | 日々のこと/エッセー

書ける、書けない

 昨晩の『美しき罠〜残花繚乱〜 第六話』、泉がとうとう繚乱体勢に入ったわけですが、原作の小説『残花繚乱』には、その展開はありません。
 泉は努力の人。留学で英語を身につけた後、派遣社員として小さな金融企業に入ったのをきっかけに、地道な努力で外資大手の証券会社に入り、さらなる努力で正社員にまで上りつめた人です。
 なのに、夫は努力を放棄している。泉は幸せのために頑張れば頑張るほど、夫に失望させられてしまいます。さらに、理想の夫婦だと思っていた両親の関係が、父親の病を機に壊れていくのを目の当たりにする。
 夫婦の愛とは何なのか、彼女の心の移ろいを描くことは、常にこの問いを突きつけられる作業でした。

 ところでわたしは独身で、一度も結婚をしたことがありません。
 経験もないくせに夫婦のことなど書けるのか、というのは小説家に対しては愚問です。殺人だって幽霊だって変態性愛だって、経験しなくとも書くのが仕事です。既婚の作家がワンパターンの夫婦しか書けないわけではないのと同じこと。
 肝心なのは、その状況や背景を経験しているかどうかではありません。そうした状況におかれたとき、設定した事情を背負ったキャラクターが、何を思い、どう行動するのか、それを想像し、創造する力です。
 習作時代、
「この描写はリアリティに欠ける」
 と講師に指摘されて、
「でも先生、これは本当にあったことなんです!」
 と食ってかかる受講生、という図に何度も遭遇しましたが、小説というのは、本当にあったことをそのまま書くものではない。嘘を本当のように描くのが小説です。

 だけど、そういうことを書くと思い出すのが、向田邦子さんの「子供を書けなかった」というエピソード。
 小学校の同窓会で先生から「お前のドラマには子供が出てこないのがよくない」と言われて、向田さんは、自分は子供をもうけなかったので子供を書けなかったと、思い至るんですね。
 その「書けない」という感覚、すごくよくわかる。
 どちらにしても、わたしなんてまだまだ、ちゃんとした小説をひとつも書けていない未熟者。
 泉のように、努力、頑張ろう。
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by etsu_okabe | 2015-02-13 21:56 | 日々のこと/エッセー
 NHK『日本人は何を目ざしてきたのか 知の巨人たち 手塚治虫』視聴。
 感想は色々とあるが、ここではひとつだけ。

 番組の冒頭、手塚治虫がある中学校で、大判の模造紙に漫画を描きながらの講演をしているシーンがある。
 タクシーの中でも原稿を書くほどの恐ろしい忙しさの中、彼はああした中学生への講演依頼を、積極的に受けていた。
 そしてなんと、群馬の片田舎の、わたしの中学校にも来てくれた。
 中学一年生のわたしは、あの漫画の神様が、目の前で、レオやアトムやピノコや火の鳥を描く様を見たのだ。

 漫画で語ってきたことを、直接子供たちに伝えたい、伝えねばならぬという、手塚治虫の熱意には、並々ならぬものがあった。
 それは幼いわたしたちにも伝わってきたが、上級生には理解できても、この間までランドセルを背負っていた一年生にはまだ難しいような話もあり、周囲には途中、私語を始める子供たちもいた。
 わたしも正直なことを言うと、彼が語ったことなど、何ひとつ覚えていない。記憶に残っているのは、模造紙のレオやアトムばかりだ。
 しかし、わたしは大人になってから、あの時間を何度となく思い出し、そのたびに書棚から手塚作品を引っ張り出して読むことで、あのとき彼がわたしたちに語ってくれたことをしっかりと受け止める、ということを繰り返している。それは、ただの読者ではない、直接語りかけてくれた彼の情熱を感覚として覚えているわたしだからこそできる、不思議で貴重な体験だと思う。

 あの手塚治虫が来る!
 その一報が学校を駆け巡ったとき、担任教師が手塚治虫の著書『マンガの描き方』を紹介してくれた。
 わたしはすぐにそれを買い、講演の日まで、何度も何度も読んだ。
 当日、担任から「サインをもらいなさい」と言われ、本を持ち歩いていたが、廊下ですれ違った巨大な手塚治虫に、わたしは声をかけることができなかった。
 本当に本当に、巨大な人だった。

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by etsu_okabe | 2015-02-08 14:10 | 日々のこと/エッセー