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小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

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 東京都現代美術館『山口小夜子  未来を着る人』を観にいってきた。

 わたしにとってその人は、神秘的という言葉では足りない、人を超えたところにいるような人。"着る、纏う、装う"という表現で、まだ小遣いではハイブランドのブラウス一枚買えなかった小娘たちを、洋服に夢中にさせた人。強(こわ)い黒髪や細い目を、美しいと知らしめてくれた人。
 展示されたたくさんの重要な仕事は、わたしが知っているものから知らなかったものまで、そしてデビューの70年代のものから晩年のものまで、すべてが、胸を衝く新鮮さで迫ってくる。
 その量とパワーは想像以上で、15時頃入ったのに閉館の18時までに回りきれなかった。

 "わたしにとっての山口小夜子" は、もうひとつある。それは「葛湯」だ。
 昔「ニュースステーション」という報道番組に、<最後の晩餐>というコーナーがあった。久米宏がゲストと対談をして、締めに「あなたの最後の晩餐は?」と、死ぬ前に食べたいものを訊ねるのが決まりだ。そこで彼女が答えたのが、「葛湯」だった。フレンチのフルコースでも満漢全席でも高級ワインでも寿司でも蕎麦でもなく、葛粉を湯で溶いただけの、温かくて、優しくて、うっすらと白濁した飲み物。
 これを聞いたとき、わたしは、この人は普段から「死」を想っている人ではないかと思った。そして、彼女の訃報を聞いたとき、まっ先に葛湯を思い浮かべた。
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by etsu_okabe | 2015-04-11 23:28 | 日々のこと/エッセー
 昨年の秋場所に、二十数年来の相撲熱が再燃し、最近お相撲に関わる本ばかり読んでいる。
 そして今日、『一人さみしき双葉山』というノンフィクションを読んだ(工藤美代子著)。
 時代のヒーローであった一人の力士の物語だが、著者が追っていくのは、彼の孤独や悩みを支えていたであろう「名もなき女たち」。

 スポーツ選手、芸術家、役者……そういった人たちを支える人種がいる。タニマチ、スポンサー、パトロン、追っかけファンもそうだろう。しかし同じ"支える"でも「女」は別格だと思う。そこに横たわる「性」の深淵は、爪先をちょいと浸しただけでずるりと引き摺り込まれそうで、わたしはとても近づけない。
 この本の中に『勝負師は地獄を見た人間がなる』という、ある作家の言葉の引用があり、心に残った。ここで言う「地獄」とは、死に損なうような生命の危機のことだ。そんなものをかいくぐった男を支える女とは、どれほどのものを犠牲にできる人なのか。
 と考えたところで、「犠牲」と言ってしまう時点でわたしは失格だと苦笑いする。こんな人間は、合格などせぬほうがきっと良い。
 それにしても、燦然と輝く足跡を残した「勝負師」たちの、蹴散らした泥や砂を掃き清める女たちに思いを馳せるにつけ、女になるのは容易いが、女でいるのは至難であると思い、溜め息が出る。
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by etsu_okabe | 2015-04-09 03:56 | 日々のこと/エッセー