小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe

書ける、書けない

 昨晩の『美しき罠〜残花繚乱〜 第六話』、泉がとうとう繚乱体勢に入ったわけですが、原作の小説『残花繚乱』には、その展開はありません。
 泉は努力の人。留学で英語を身につけた後、派遣社員として小さな金融企業に入ったのをきっかけに、地道な努力で外資大手の証券会社に入り、さらなる努力で正社員にまで上りつめた人です。
 なのに、夫は努力を放棄している。泉は幸せのために頑張れば頑張るほど、夫に失望させられてしまいます。さらに、理想の夫婦だと思っていた両親の関係が、父親の病を機に壊れていくのを目の当たりにする。
 夫婦の愛とは何なのか、彼女の心の移ろいを描くことは、常にこの問いを突きつけられる作業でした。

 ところでわたしは独身で、一度も結婚をしたことがありません。
 経験もないくせに夫婦のことなど書けるのか、というのは小説家に対しては愚問です。殺人だって幽霊だって変態性愛だって、経験しなくとも書くのが仕事です。既婚の作家がワンパターンの夫婦しか書けないわけではないのと同じこと。
 肝心なのは、その状況や背景を経験しているかどうかではありません。そうした状況におかれたとき、設定した事情を背負ったキャラクターが、何を思い、どう行動するのか、それを想像し、創造する力です。
 習作時代、
「この描写はリアリティに欠ける」
 と講師に指摘されて、
「でも先生、これは本当にあったことなんです!」
 と食ってかかる受講生、という図に何度も遭遇しましたが、小説というのは、本当にあったことをそのまま書くものではない。嘘を本当のように描くのが小説です。

 だけど、そういうことを書くと思い出すのが、向田邦子さんの「子供を書けなかった」というエピソード。
 小学校の同窓会で先生から「お前のドラマには子供が出てこないのがよくない」と言われて、向田さんは、自分は子供をもうけなかったので子供を書けなかったと、思い至るんですね。
 その「書けない」という感覚、すごくよくわかる。
 どちらにしても、わたしなんてまだまだ、ちゃんとした小説をひとつも書けていない未熟者。
 泉のように、努力、頑張ろう。
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# by etsu_okabe | 2015-02-13 21:56 | 日々のこと/エッセー
 NHK『日本人は何を目ざしてきたのか 知の巨人たち 手塚治虫』視聴。
 感想は色々とあるが、ここではひとつだけ。

 番組の冒頭、手塚治虫がある中学校で、大判の模造紙に漫画を描きながらの講演をしているシーンがある。
 タクシーの中でも原稿を書くほどの恐ろしい忙しさの中、彼はああした中学生への講演依頼を、積極的に受けていた。
 そしてなんと、群馬の片田舎の、わたしの中学校にも来てくれた。
 中学一年生のわたしは、あの漫画の神様が、目の前で、レオやアトムやピノコや火の鳥を描く様を見たのだ。

 漫画で語ってきたことを、直接子供たちに伝えたい、伝えねばならぬという、手塚治虫の熱意には、並々ならぬものがあった。
 それは幼いわたしたちにも伝わってきたが、上級生には理解できても、この間までランドセルを背負っていた一年生にはまだ難しいような話もあり、周囲には途中、私語を始める子供たちもいた。
 わたしも正直なことを言うと、彼が語ったことなど、何ひとつ覚えていない。記憶に残っているのは、模造紙のレオやアトムばかりだ。
 しかし、わたしは大人になってから、あの時間を何度となく思い出し、そのたびに書棚から手塚作品を引っ張り出して読むことで、あのとき彼がわたしたちに語ってくれたことをしっかりと受け止める、ということを繰り返している。それは、ただの読者ではない、直接語りかけてくれた彼の情熱を感覚として覚えているわたしだからこそできる、不思議で貴重な体験だと思う。

 あの手塚治虫が来る!
 その一報が学校を駆け巡ったとき、担任教師が手塚治虫の著書『マンガの描き方』を紹介してくれた。
 わたしはすぐにそれを買い、講演の日まで、何度も何度も読んだ。
 当日、担任から「サインをもらいなさい」と言われ、本を持ち歩いていたが、廊下ですれ違った巨大な手塚治虫に、わたしは声をかけることができなかった。
 本当に本当に、巨大な人だった。

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# by etsu_okabe | 2015-02-08 14:10 | 日々のこと/エッセー
 FM愛知『amano SMILE CAFE』にゲスト出演いたしました!

 お話上手なパーソナリティ、こころさんと、わたしの近著『残花繚乱』や、それを原作にしたドラマ『美しき罠〜残花繚乱〜』の話や、デビュー著書『枯骨の恋』のこと、男女の話や恋の話しなど、たっぷりさせていただきました。
 放送は、1月25日(日)と、2月1日(日)の2回、ともに午前9:30~9:55です。

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# by etsu_okabe | 2015-01-24 00:00 | 小説関連の活動など
a0013420_14060448.jpeg 拙著『残花繚乱』が原作の連続テレビドラマが、いよいよ始まりました。

 原作者の特権で、台本を送っていただいているので、原作とドラマの違いなど、その工夫や「山場」の作りかたなど、いちち感心したり感動したりしています、

 毎週木曜日のよる9時より。わたしもとっても楽しみです!

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# by etsu_okabe | 2015-01-09 14:04 | 小説関連の活動など
サイゾーウーマンに取り上げていただきました。
性愛小説アンソロジー『果てる』収録の『紅筋の宿』について語っています。


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# by etsu_okabe | 2015-01-08 15:58 | 小説関連の活動など
a0013420_14234455.jpg 『ダ・ヴィンチ2月号』に取り上げていただきました。
 『残花繚乱』について、キャラクターの女たちの思いや、恋愛観、ドラマ化についてなど、あれこれ語っています。

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# by etsu_okabe | 2015-01-06 00:00 | 小説関連の活動など
a0013420_13560853.jpg  『残花繚乱』(双葉社)、早くも文庫化されております。
 テレビドラマ化に合わせての、異例の早さですが、素敵な帯を纏って店頭に並んでおりますので、ぜひお手に取ってくださいませ。


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# by etsu_okabe | 2015-01-05 13:53 | 小説作品
わたくし、2014年12月21日で、50歳になりました。
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 2014年も、皆様方には大変お世話になりました。
 今年は『残花繚乱』の連載で始り、『残花繚乱』のテレビドラマ化決定の喜びで暮れるという、たいへん恵まれた一年でした。
 その間には『残花繚乱』の単行本発売、そして、大急ぎの文庫化という目まぐるしさ。まさに、この作品一色の一年だったと思います。

 一方で、昨年始めた朗読ユニット『業』の活動はまったくできず。
 春先には左目に『中心性漿液性網脈絡膜症』というストレス性の病を発症したり、これまたストレスと思われる胃腸炎で4年振りに胃カメラを飲んだりと、年相応の体の不具合も経験しました。

 2015年、いったいどんな一年になるかわかりませんが、小説の仕事は今年の倍以上はやるつもりですし、『業』も先に進めたいと思っています。
 どうぞ皆様、来年も、岡部えつをよろしくお願いいたします。
 
※写真=森孝介

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# by etsu_okabe | 2014-12-30 14:35 | 日々のこと/エッセー
 拙著『残花繚乱』を原作とした連続ドラマ『美しき罠~残花繚乱~』が制作されることが、本日発表されました。
 TBS木曜ドラマ劇場『美しき罠~残花繚乱~』 2015年1月8日(木)スタート。毎週木曜よる9時からです。

 自分の小説が映像作品化されることは、久世塾出身のわたしにとってはひとつの夢でした。
 あくまでも「原作」ですので、ドラマはまたドラマとして面白くするための工夫がなされ、小説とは違う展開があったり、人物にも変化があったりもするでしょう。それも、久世塾でほんの少しドラマというものを勉強したおかげで、よくわかっています。
 その点、脚本家の浅野妙子さんも、演出の光野道夫さんも、これまで素晴らしい作品をたくさん世に出してきた大ベテラン。むしろ、あの物語がテレビドラマとしてどう生まれ変わるのか、今から楽しみでなりません。
 主演の田中麗奈さんはじめ、役者さんたちも、大好きな方たちばかりで、めまいがしそうです。



※「久世塾出身」と書きましたが、小説の習作時代、向田邦子のファンであるわたしに『21世紀の向田邦子をつくる!』という、この塾の惹句がびんびん響いてしまい、ついふらふらっと入塾してしまったのです。脚本の才能がゼロであることを思い知らされて、ふたたび小説修行に戻りました。

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# by etsu_okabe | 2014-11-24 22:34 | 小説関連の活動など
「助けてください」
 と、手を差し出された。
 数年前に、2度か3度、会ったことのある人だった。
 子供の頃から壮絶ないじめに遭いながら、家族、教師を含め大人からの助けをまったく得られず、学校という地獄から逃れて大人になった今でも、そのときの傷に苦しんでいるという人だ。
 その苦しみは、壮絶を極める。普通人間が決して口にしないものを無理矢理食べさせられたために、今でも、ほとんどの食物を食べることができない。性的な暴力も多数受けたため、恋愛ができない。そして、慢性的な不眠。
 つまり、食欲、性欲、睡眠欲の、いずれもに大きな障害を負ったままなのだ。

 わたしが彼に会ったのは、そうした体験を語る場においてであり、個人的なつき合いは一切なかった。
 わたしは当時、社会学者の内藤朝雄さんと「パワハラネット」というサイトを立ち上げ(今は閉めている)、全国からパワーハラスメントの事例を集めていた。内藤さんはイジメ問題の研究者なので、その関係で彼の話を聞く機会を得たのだった。
 小説家としてデビューした後、彼が主催したいじめ問題イベントに出掛け、本を贈ったのが最後で、そのあと、メールのやりとりが数度あったきりだと思う。

 それだけの関係だったわたしに、たった一本繋がったSNSを通して、「助けて」と言ってきた彼に、わたしはどうすることもできない。
 彼が求めている「支援」「助け」を、わたし個人が差し出せないことは明白だ。それをわかっていて、優しい人を装って会い、話を聞くだけ聞き、最後に、すがりついてくる手を振りほどくなどということは、わたしにはできない。

『わたしは小説家です。小説家というのは、自分の知らない世界は覗いてみたいと常に思っていて、それを小説のネタにしてやろうと、いつでも企んでいる人種です。つまり、他人を傷つけながら生きているような人種なんです。
 わたしはそれを自覚しています。
 だから、とてもあなたの相談に乗るなど、軽卒なことはできないのです。』

 そう返すと、「専門家にも国にも支援を求めたが、どうにもならない。誰からも見放された私は、どうすればいいのか。岡部さんは小説家だから、興味本位でも話を聞いてくれるのではないかと期待して、助けを求めた。」と返事がきた。
 話を聞いてくれるだけでいい、と言いながら、やはり彼は助けを求めている。こちらの現状などおかまいなしに、自分を地獄から救ってくれる人を求めているのがわかる。

『話をきくだけでいいなら、メールをくだされば、読みます。
 ただ、現時点で、直接お会いすることはできません。
 明らかに窮状にある人に会って、要求に応えられず、相手を傷つけたりがっかりさせた場合、わたしはそれが自分のせいではないとわかっていても、罪悪感を抱えなければならなくなるからです。』

 正直にそう、返事をした。「負担を与えてしまい、申し訳なかった」と返信がきた。

 彼はたった今も、苦しんでいる。
 それは、わたしのせいではない。
 なのに、差し出された手を払ってしまったことで、罪悪感として、わたしは彼の苦しみの何分の一かを抱えてしまった。
 その分、彼の苦しみが軽くなったわけでもないのに。

 被害者が、助けを求めた相手に「申し訳なかった」と言わなければならない現状を、わたしは今、噛みしめている。

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# by etsu_okabe | 2014-11-15 09:33 | 日々のこと/エッセー