小説を書いたり、酒を飲んだり、恋をしたり|岡部えつ


by etsu_okabe
双葉社文芸Webマガジン「カラフル」にて、連載中の小説『残花繚乱』第13回『残花繚乱』が更新されました。
最終回です!!

>>岡部えつ『残花繚乱』第13回(最終回)残花繚乱  
無料で読めますのでぜひ。

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# by etsu_okabe | 2014-04-29 12:22 | 小説作品

トレンチコート

 10年以上、バーバリーのトレンチコートが欲しい欲しいと言い続けて、買えずにいる。
 洋服箪笥には、35年前に死んだ父の遺品であるバーバリーのトレンチコートが、処分できずに吊られている。レディースに仕立て直せないかと専門店に相談してみたこともあるが、そんな手間賃をかけるなら新品を買った方がいいと言われた。

 トレンチコートのルーツが軍服だというのを、最近知った。「トレンチ」とは、「塹壕」という意味だという。
 塹壕外套。と言われてしまうと、あまり着たくないような気にもなるが、しかし、やはりあのデザインは魅力的である。そう言えば子供の頃、戦争映画を観ていてナチスのコートをカッコイイと思っていたっけ。まあ、戦争というのはいつの時代でも、芸術的モチーフとしてのなんらかの力はあるものだ(もちろん、戦争反対ですけど)。

 考えてみると、「機能」をつきつめて生まれたデザインというのは、男の子が持つマシン系のモノへの偏愛と、女の子が持つ綺麗なモノへの偏愛の、交差点なのかもしれない。「美」という円交差。

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# by etsu_okabe | 2014-03-27 22:26 | 日々のこと/エッセー
『東電OL禁断の25時』をKindle版で読む。

 あの事件がいまだにわたしの心に棲み続けるのは、被害女性の背景に潜む"負の要素"に見つける自分との共通点が、年を重ねるごとに、石を積み上げるように少しずつ増えているからだと思う。
 たとえば「長女」、たとえば「敬愛する父親の喪失」、たとえば「適齢期をとうに越えた独身」、そして「女であること」。

 この本の著者の場合は「ホテトル嬢をしていた」という共通点を持つ。それも、ある時期同じ事務所に所属していたという、濃度の高い共通点だ。
 そんな著者が被害女性に思いを馳せて書くのは、どん底視点から観る、被害女性の心情。それは、おぞましさに眉をひそめながら指を舐め、清潔な障子を突いて空けた穴からは決して見えないものだ。唸りながら読んだ。
 そして本を閉じると、たった数ミリでも「高い位置」から他人を見下ろすことで悦に入る、そんな人間関係の中で、蟻地獄のすり鉢の砂を掻き掻き生きるわたしたちを、昼は輝かしき天上から、夜は穴の底の泥沼から、『東電OL』という偶像になる前の彼女が、嘲笑いながら眺める様が目に浮かんだ。
 わたしはまだ何も知らないし、わかっていない。


※10年前にこんな記事を書いていた。>>渋谷・円山町の気配に惹かれて




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# by etsu_okabe | 2014-03-20 20:02 | 日々のこと/エッセー

ストレスと晩酌

 半月ほど前から『中心性漿液性網脈絡膜症』という目の病を患っている。働き盛りの男性が罹患しやすい、過労やストレスが原因の病気だそうだ。
 症状としては、わたしの場合、左目の見えにくさがしばらく続いたあと、ある日突然、視界に黄色く丸い一枚のレンズのようなものがあらわれ、その向こう側が全て歪んで見えるようになった。右目をつむってしまうと、左目だけではほぼものを判別できない。本の文字などは、無精髭が踊っているような感じ。
 大学病院で検査を受け、病名がわかり、ひと月様子を見て自然治癒の見込みがない場合はレーザー治療を、ということになった。

 それから間もなくして、覚えのある腹痛に見舞われた。これまで何度も経験している胃腸炎の前兆である。
 七転八倒の発作だけは避けたいので、あわててかかりつけに飛んで行き、薬を処方してもらった。今もまだ、しくしくの痛みは続いている。

 今年に入って、気を揉むことがいくつかあった。
 まあきっとあれのせいだろうと察しはついていて、心の中ではすでに整理もついているので、あとからきた体の反応はお荷物でしかないのだが、自分の体なので面倒をみるしかない。

 わたしは神経は図太いくせに、ストレスには案外弱い。
 小学四年生のとき、市だか県だかの合唱コンクールでとても難しいピアノ伴奏を任され、リハ期間に何度か腹痛を起こしたあげく、本番の朝、家でさらっている最中に鼻血を出して、衣装の白いブラウスを汚してしまった。
 しかし、本番ではまったくあがることはなく、学校の音楽室で演るように、平気の平左で軽やかに弾ききった。そこがわたしの神経の太いところだ。そういうところでは緊張しないのだ。
 胃痙攣持ちになったのは、思春期初期の小学6年からで、それは今でも続いている。それがこじれて胃腸炎になったのではないかと、これは素人の推測だ。
 二冊目の本を出すとき、そのプレッシャーに人間関係の悩みがかけ算されて、睡眠障害になってしまったこともある。今は完治したが、あれもストレスだろう。

 とまあこう書くと、心の繊細なか弱き女のようだが、こうしてストレスをちゃんと感知して、信号としてすぐに報せてくれるわたしの体は、なかなかよくできていると思う。
 溜め込んで溜め込んで、がっくりいってしまうより、すぐにお腹が痛くなって「だめー、休む〜」と言わせてくれるほうが、良いにきまっている。

 さて。
 今回ストレスに対して、目とお腹に赤信号が点いたということは、つまり目とお腹を休ませなさいということであろう。しかし、仕事をする限り目は休めさせられない。
 そこで、せめてお腹だけでもと、ここ数日晩酌を控えているのだが、わたしの何よりのストレス解消は晩酌であるという矛盾と、どう向き合えばよいのだろうか。

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# by etsu_okabe | 2014-03-01 13:32 | 日々のこと/エッセー
 昨日新しい出会いに喜んでいたら、今日悲しいお別れがあった。
 そういえば先週も、寂しい送別会のすぐ後に、わくわくする出会いがあったっけ。
 数でいったら出会いの方が多いけど、重さでいったら別れの方が重い。
 新しく出会った人たちの中には、通り過ぎるだけの人もいれば、わたしの中で重さを増していく人もいるだろう。
 わたしの未来は、そうやって決まっていく。

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# by etsu_okabe | 2014-02-25 23:00 | 日々のこと/エッセー
 昨年ベルベットサンで公演した『業・朗読演奏会』が、『ワンダーランド wonderland 小劇場レビューマガジン』という演劇レビューサイトに取り上げられていました。

 インタビューを受けていらっしゃるのは、ケベック州芸術・文化評議会(CALQ)のアーティスト・イン・レジデンス制度で東京に半年間滞在されていた、劇作家、演出家、俳優であるアントワーヌ・ラブリーズさん。
 限られた滞在期間の中で、どのような経緯で「業」の公演を知ってくださったのかはわかりませんが、興味を持って足を運んでくださり、このように取り上げていただいたこと、とっても嬉しいです。

 次回公演の際は、外国人の観客も来るという前提で、何かしら物語を伝える工夫をしたいと思いました。

>>ワンダーランド wonderland 小劇場レビューマガジン|連載企画「外国人が見る小劇場」
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# by etsu_okabe | 2014-02-13 10:22 | 小説関連の活動など
 クローズアップ現代「あしたが見えない~深刻化する“若年女性”の貧困~」を見た。

 紹介された事例のうち、とりわけ、シングルマザーたちが働く「寮付き・食事付き・託児所付き」の風俗店のレポートに、背筋が寒くなった。
 一見良心的なようだが、いったん入ってしまえば、このシステムは彼女たちの大きな足枷となるだろう。なぜなら、この仕事を辞めるということは、同時に「家」と「食べ物」と「子供を預ける場所」を失うことになるからだ。

 特に「家」は、あらたに借りるためにどれだけの金と条件が必要か、一度でも経験したことのある人ならわかるはずだ。
 生活保護を申請しても通らず、やむなくこの底辺中の底辺である性産業に生活全てを委ねることになった彼女たちが、ここを辞めたとたんにホームレスに転落することは、目に見えている。

 一度足を踏み入れたら二度と這い上がれない蟻地獄を、わたしは想像してしまった。

 「社会保障の敗北」という言葉が使われていたが、まさにそうだと思う。
 そしてそれは、わたしの身にも確実に降りかかってくる。
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# by etsu_okabe | 2014-01-29 09:41 | 日々のこと/エッセー

火の用心

 恋は、鍋で湯を煮るのに似ている。

 ほどよくくつくつ煮えている湯は、恋慕の情。
 鍋の底でちろちろ燃えているのは、執着心や支配欲の火。

 火が強過ぎるとすぐに湯は減り、鍋は焦げついてしまう。
 かといって、火がなければ湯はあっという間に冷えきってしまう。

 ふと周りを見渡せば、そんな鍋がごろごろ打ち捨てられている。

 恋はいずれ終わる。
 最後の一滴が蒸発したとき、きっちり火も消そう。
 
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# by etsu_okabe | 2014-01-23 20:30 | 日々のこと/エッセー
 男は、ふたつの(あるいはそれ以上の)場所を持ちたいと思っている。それは簡単に言うと「日常の世界」と「非日常の世界」だ。そしてそれぞれの場所に、別のパートナーを欲しいと思っている。思うだけでなく、実行している男も多い。

 さて、女は、どちらの場所のパートナーとなるのが幸福なのか。

 ところで女だって、ふたつの(あるいはそれ以上の)場所が欲しい。それは男と同じく「日常の世界」と「非日常の世界」だ。しかし、それぞれの場所のパートナーは、同じ人がいい。
 つまり、男はタイプの違う沢山の魅力的な女が欲しくて、女は多様な顔を持つ一人の有能な男が欲しいのだ。

 ここが、男女の間に流れる、深くて暗い川なのではなかろうか。
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# by etsu_okabe | 2014-01-09 13:02 | 日々のこと/エッセー

もしものために。

 老人福祉施設で働く友人から、プレゼントをもらった。
 「もしもノート」と「エンディングノート」。

 わたしはこれまで、
「生は自分のものだが、死は残された人たちのものだから、わたしが死んだら残った者がどうとでもしてくれればいい」
 とのたまっていた。
 しかし、人の死に立ち会うことの多いその友人から、会う度に「現代の日本で死ぬとはどういうことか」を聞かされるうちに、生きている間に自分の死について果たすべき責任もある、ということに思い至った。

 最近とても大事な人、大好きな人を亡くしたこともあって、わたしは彼女に、
「身近な人たちに対して、自分の死について何を言い残しておくべきなのか、箇条書きにして教えて欲しい」
 と頼んでいた。そこで彼女はわたしに、この贈り物をくれたというわけだ。
 
 年越しのとき、集合した家族全員で、このノートを開いて話し合い、ゆっくり時間をかけて、書き込んでいきたいと思う。
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# by etsu_okabe | 2013-12-26 22:29 | 日々のこと/エッセー