わたしを離さないで
2006年 06月 23日

運命、という言葉を随分使ってきたように思う。
しかしそれはいずれも、曖昧で不確かなものを指していた。
「あなたとこうなったのも運命よ」
「運命の人がきっといる」
「わたしって、そういう運命の下にいるの」
てな具合に。
この小説の土台となっている主人公たちの運命は、そういう類いのものではない。
うまれついての“確かな”、逃れられないものだ。
そういう運命を受け入れられず苦悩する小説は山ほど読んだが、最初から受け入れられている運命がこれほど淡々と語られるものを読んだことがない。
それだけに、ぬるま湯で茹で上げられていくような静かなまどろっこしさの中でその運命の根源にふと思い当たり、全身が総毛立つ。
読了後、そのまままた1ページ目を捲り返さずにはいられなかった。
『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ=著 土屋政雄=訳 早川書房